土塁跡に刻まれた歴史の足跡。
前橋城本丸跡の特徴
群馬県庁舎内に位置する歴史的価値の高い本丸跡です。
圧巻の土塁跡が残る、広大な城域の名残を感じられます。
由緒書きを楽しみながら、歴史を学べる貴重なスポットです。
そもそも戦国期に長野氏の支城だった石倉城が利根川の洪水被害を受けたため、残った三の丸を再建したのが始まりと言う説があり、戦国期には長尾氏、後北条氏などが入城したことも…さらに豊臣氏に屈し、徳川氏の家臣の平岩氏を城主に迎え、江戸期には酒井氏、松平氏が入封する…と言う具合で、城主がまるで猫の目のように入れ替わる…。城が利根川の洪水で破壊され川越へ引っ越した殿様を、再度迎えようと地元の生糸商などが資金を調達し、100年後に再築し、殿様が帰った半年後に明治維新と言う、波乱に富んだ歴史ぶり…。立派な土塁、そそり立つ松の巨木などが往時の面影をわずかに伝えている。本丸跡は昭和庁舎と本庁舎、県警本部庁舎に、ニノ丸跡は市役所庁舎、群馬会館、県議会庁舎に、三ノ丸跡は裁判所庁舎になっている。ちなみに酒井雅楽頭(菩提寺・龍海院、下馬将軍)、松平大和守(墓所・孝顕寺、引っ越し大名)、秋元越中守(墓所・元景寺)、牧野駿河守(墓所・養林寺)を地元とゆかりの深い四公として例年祭りを開催している。
僅かに残る遺構を辿ると、広大な城域だった事がわかる。東山道の要衝であったんだろう。
群馬県庁舎の中にひっそりとありましたが、もう少し整備されてると良いかと思います。
地元で縁もある場所。それでいて詳しいことは一つも知らなく、寄ってみました。
2021.11.08 登城 関東七名城の一つ でも付近に車の停める場所が???なので、星1マイナス。
遺構は少ないですが、土塁や縄張りの大きさは圧巻です。
以前からここに土塁があるのは知っていましたが、階段を登って上がれることはつい最近まで知りませんでした。地元のことほど知らないというのは何だか恥ずかしいですが、一度は行ってみると良い場所かもしれません。
由緒書きが面白いので読むといいですよ。
築城後にすぐに今の川越市へ移ったのかまた ロスチャイルドなどの文明開化とチョンマゲ廃止武力の城も廃止の流れか教科書も教育も常用漢字などもネジ曲げられている。
| 名前 |
前橋城本丸跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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前橋東照宮側土塁の上を歩いた。さちの池がよく見渡せる。群馬県の形をしていた。