スポンサードリンク
スポンサードリンク
名前 |
大根峠の観音堂 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
評価 |
4.0 |
【大根坂峠の観音堂と旧広・四日市街道の石畳】大根坂峠辺りは、江戸時代に開墾され峠の北側が郷原村、南側が広村の分岐点、天保年間には街道筋にあたり、交通の要所となり交易も盛んになりました。峠の観音堂では五穀豊穣を願い祭りが行われ、2月と8月頃牛馬市も開かれていたようです。観音堂に向かって左手に急な坂道があります。それを下ると、通称《広・黒瀬街道》の大根坂で 江戸時代敷かれたと伝えられる石畳が一部今も残っています。広と四日市(西条)を結ぶ街道は、広(多賀谷橋)を起点に、郷原 黒瀬を通り西条に至り、その一部は、かつて通称「黒瀬街道」と呼ばれていました。大根坂は道幅も狭く急な坂道も多くありました。(呉の魅力)