護国院で感じる北緯36度の境地。
降魔山 護国院 経音寺の特徴
北緯36度に恵まれた静かな場所に位置している寺院です。
鹿島神宮参道近くにあり、広い境内でリラックスできます。
明道上人が開基した歴史深い真言宗智山派の寺院です。
北関東三十六不動尊29番札所を参拝させて頂きました。鹿島神宮参道から少し入ったところにありますが、広い駐車場で助かりました。ちょうどご住職が表に出て来られたところで、御朱印を直書きで頂戴致しました。ありがとうございました。
境内が綺麗に掃除されていました。気持ちよさがあります。
真言宗智山派。本尊不動明王。別名厄除不動尊。北関東三十六不動尊霊場札所。鹿島神宮に程近い。本堂左手の納経所で直書きで御朱印頂きました¥300御姿も一緒に。
タイミング悪くなのか留守っぽくて朱印はもらえませんでした。護国院は護摩堂も大師堂も歴史を感じさせます。木造で色褪せてる感じがたまりません。
国道から坂道を降りるけど入口は見逃しやすいから気をつける必要が有ります。
まさに「北緯36度」のエリアに相応しい名前です。看板にも「36」の数字が刻印されています。「桜」も国防のシンボルですね。「補陀落渡海僧」もあります。ミカンの木は、「橘」のシンボルですね。「橘寺」の「聖徳太子」であり、「天照派」のリーダーです。本堂の屋根は、「剣」と「菊家紋」という珍しい組み合わせです。その横には、「太子堂」があります。おそらく、「聖徳太子」の意味ですね。ここが、本当の御神体のある場所だと思います。中には、「天女」がいます。「弁財天」でもあり、「木花咲耶姫」でもあり、「ニンフルサグ」でもあります。この神様が、「鹿島神宮」の本当の御神体です。その前には、「イナンナ(聖母マリア)」のUFOもあります。
真言宗智山派 厄除け不動。
北関東三十六不動尊霊場二十九番😞
鹿島神宮参道すぐにいらっしゃいます本堂の他に薬師堂もあり広い境内ですワンちゃんがもてなしてくれました。
| 名前 |
降魔山 護国院 経音寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0299-82-1319 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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降魔山 護国院(ごこくいん)経音寺は、鹿島神宮駅の南500mほどの茨城県鹿嶋市宮中に伽藍を構える真言宗智山派の寺院です。和銅2年(709年)に創建され、もともと鹿島神宮の境内にありましたが、江戸時代中頃に現在の地に移りました。「神宮神前不断(じんぐうしんぜんふだん)」の護摩所との勅号を受け、「国家安穏祈願(こっかあんのんきがん)」の護摩奉修することから別名「護摩堂」といわれます。足利尊氏御教書なども残り、崇敬を受けていたことがわかります。北関東三十六不動尊霊場第二十九番札所で、本尊は不動明王です。本堂には、通称厄除不動尊をはじめとする五大明王が安置され異彩を放っています。五大明王とは不動明王のほか、降三世、軍荼利、大威徳、金剛夜叉の五大尊のことで、こ れらが威風堂々立ち並ぶ様はまことに壮観です。「大師板東(たいしばんどう)」という安政年間(1855〜1860年)から続けられていた行事があり、明治5年(1872年)、明治天皇の認可により、「鹿島速證講(そくしょうこう)」と改称されました。真言宗智山派は、弘法大師空海を始祖とし、真言宗中興の祖・興教大師覚鑁(1095〜1144年)を開祖とする新義真言宗と呼ばれる宗派の中の一つです。天正5年(1577年)に根来山の能化職となった玄宥(1529〜1605年)が、天正13年(1585年)豊臣秀吉による紀州征伐で焼き滅ぼされた根来山智積院を、慶長6年(1601年)徳川家康の許可を受け寺領(豊国神社付属寺院の土地建物)を拝受し復興させたことを端緒に創建されることとなった宗派です。総本山は、京都市東山七条にある智積院で、成田山新勝寺、川崎大師平間寺、高尾山薬王院の大本山を始め、東京都の高幡山金剛寺、名古屋市の大須観音寶生院を別格本山として 全国に3,000余りの寺院教会を擁し、総本山智積院は全国約30万人にのぼる檀信徒の信仰のよりどころとして総菩提所、総祈願所と位置付けられています。