武田信玄夫人の足跡、陽雲寺。
陽雲寺の特徴
武田信玄夫人が居住没した歴史深いお寺です。
中山道の散策スポットに位置する陽雲寺です。
境内に1690年の地蔵道標がある歴史ある場所です。
農村風景に囲まれた城跡には現在は陽雲寺が建立されていて、別称は金窪南館跡…。広大な寺域の北側竹藪や東側の境内に明らかに土塁と認められる遺構があり、特に東側の遺構は地表の高低差が複雑で、やや毛色が変わっているのが気にかかる…。他の見どころとして、武田信玄公の夫人の墓所、新田義貞公の重臣の供養塔(埼玉県指定旧跡)、銅鍾(埼玉県指定文化財)などもある。🅿️あり。2025/8/15
武田信玄公の正妻と関わりのある、御寺様です。
天正19年(1591)、武田一族の一人として家康に旗本として召し出され関ヶ原の戦い及び大坂の陣での軍功を認められた川窪信俊(かわくぼ・のぶとし・武田信玄の甥、1564~1639)は養母の武田信玄夫人を伴い2千石を以て神流川戦いで荒廃した金窪城跡に陣屋を構え、信玄夫人は同様に廃墟となった崇栄寺に庵を営み元和4年(1618)に97歳の生涯を閉じます。 信俊は養母の菩提を弔うためその法号である陽雲院を採って陽雲寺を建立、後に信俊の孫である武田信貞(たけだ・のぶさだ、川窪から本姓武田に戻す、1631~1711)が元禄11年(1698)丹波へ転封、陣屋は廃され保護者を失った陽雲寺は勢いを失います。寺の奥には武田夫人のお墓があります。他にも畑時能之墓もあります。
武田氏に縁のある曹洞宗のお寺です。本堂前には銅鐘、左奥には陽雲院之墓(武田信玄夫人のお墓)などがあり、歴史を感じさせるお寺でした。
先祖の墓参りに行かせて頂きました。桜が満開でとても心地よく参りできました。
我が家の先祖代々のお墓があります。とにかく綺麗ですよ。又指定文化財になっていますので見学者もいます。
歴史あるお寺です。神保原(じんぼはら)駅からはかなり離れているのでバスか自家用車での訪問がおすすめです。武田信玄マニアのかただけでなく、歴史マニア全般におすすめです。
武田氏ゆかりのお寺ということで訪ねてみました。案内板によれば前身の崇栄寺(別の案内板では満願寺)が神流川の戦いで焼出後、金窪村の領主となった武田信玄の甥の川窪信俊が再興、寺号を養母であり信玄夫人である陽雲院の名をとって陽雲寺としたそうです。そうした関係で信玄自筆の起請文、書状などもあるそうです。神流川橋方向から歩いてきたのですが、お寺が見えたので入っていくと、いきなり墓地に入ってしまいました。すぐに目についたのは、武田氏遺臣招魂碑と陽雲院のお墓?です。さらに進むと本堂と鞍間太郎坊大神本堂、鐘楼堂が見えてきます。武田氏ということで屋根には武田菱の家紋が入っていますが、夫人ゆかりだからでしょうか、割菱ではなく花菱が使われています。せっかく訪れたので、客殿から納経をお願いして、御朱印を頂きました。ご住職は、今も武田さんとのことです。
行った時間が18時だったので全く見えませんでした。リベンジャーズしたい(1人だけど)
| 名前 |
陽雲寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0495-33-8255 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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児玉三十三霊場22番札所として参詣させて頂きました。曹洞宗のお寺様で、ご本尊は華厳釈迦尊です。境内はとても広く大きな駐車場が鐘楼前にあります。御本堂前でお参りさせて頂きました。本堂右手の庫裡にて奥様に書置きの御朱印を拝受しました。手作りの爪楊枝入れをご接待で頂戴しました。ありがとうございました。