茅葺き屋根の静寂、歴史を感じる。
海雲山 長勝寺の特徴
源頼朝が1185年に創建した歴史的な臨済宗のお寺です。
茅葺き屋根の本堂は非常に印象的で素晴らしい風情があります。
桜や紅葉の時期には美しい自然を楽しむことができるお寺です。
【常陸七福神をされる方向け解説】駐車場はお寺の名前が書いてある山門の脇に多分5台分、本堂や寺務所の傍に15台分位、そちらに至る道が狭いので潮来市の土木事務所の向かい側に当たる場所に市営の駐車場があり、空いてればそちらに停めても良いのかな…と思います。寺務所は敷地の右奥に有り、幕のある真ん中の扉では無く右側にインターフォンのある扉がありますので、そちらの中で台紙(福禄寿の箇所のスタンプ付き・1,000円)、スタンプ(多分200円)、御朱印(お寺の御本尊、七福神各300円)等お求めいただけます。真ん中の扉の中に仏像と七福神像が有りますので、言って案内してもらうと良いと思います。植物に全く詳しくないですが、山門~本堂にかけては桜、寺務所前には梅らしきものが植えられているみたいで、紹介ページ通り季節が合えば四季を感じられそうなお寺だろうなと思います。
参拝者用駐車場の場所が分かりづらかったが、境内はゆったり時間が流れており落ち着く。参道の脇には彼岸花が咲いていて綺麗だった。
2025/02/23茨城県潮来市 海雲山長勝寺、常陸七福神に梅の花を見に主人と伺いました。梅の花はチラホラ😂何輪かですが、咲いてくれていたので、写真におさめることが出来ました🙇♀背が低いので届かなくて、もうちょっと他にも咲いているんですが🤭3月に入った今は、恐らく結構咲いているかと思います。ほんの少しですが、春を感じていただければ幸いです👍〃🎶❇✨✴✨🌸💕
【茨城県潮来市の臨済宗妙心寺派の寺院『長勝寺』】潮来の名所の1つ臨済宗妙心寺派の寺院『長勝寺』。平安時代終わり、文治元年(1185年)に源頼朝によって創建されたといわれてています。江戸時代、元禄4年(1691年)に徳川光圀が、堂宇を修復して妙心寺の253世住職をつとめた太嶽祖清禅師を中興開山として迎えました。銅鐘が鎌倉時代、元徳2年(1330年)鎌倉幕府14代執権の北条高時が寄進したもので国の重要文化財に指定されています。山門や本堂は江戸時代に建立。※NikonのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影使用レンズはF2.8 24‐70㎜の広角ズームレンズ。
駐車場もあります。庭も有ります。お朱印もあります。
とても古くても綺麗なお寺さんでした。お母様も優しくて御朱印を頂きました。書き置きです。
素晴らしいお寺です。この時代にあって茅葺き屋根のお寺は珍しいです。
御朱印は書き置きのものを頂けましたが本堂が開いておらずお参りすることは出来ませんでした。
静かな佇まいです 歴史を感じます。書院で奥さまからお茶をいただきながらお話しました。 居心地が良いので足に根が生えました。笑笑。
| 名前 |
海雲山 長勝寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0299-62-3808 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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海雲山 長勝寺(ちょうしょうじ)は、JR潮来駅の北西950mほどの茨城県潮来市潮来に伽藍を構える臨済宗妙心寺派の寺院です。元暦2年(1185年)鎌倉幕府初代将軍・源頼朝が武運長久を祈願して建立しました。元禄4年(1691年)伽藍の荒廃を惜しんだ水戸藩2代藩主・徳川光圀が諸堂宇を修復し、妙心寺の253世住職をつとめた太嶽祖清禅師を中興開山として迎えました。近世の朱印は10石で、寺運は隆盛しました。昭和59年(1984年)本堂と山門の解体修理が行われました。『銅鐘(国の重要文化財)』は、鎌倉幕府第14代執権・北条高時の寄進で、元徳2年(1330年)の鋳造です。総高115 cm、身高84.8 cm、竜頭高24.5 cm、口径66.3 cmの鋳銅。上下帯は無文で乳は4弾4列、撞座(つきざ)は2個正位置にあり、形状は小型ながら鎌倉時代の特徴をよく示しています。「客船夜泊常陸蘇城(かくせんやはくひたちのそじょう)」と記された銘文があり、当時の潮来の情景を知る上でも貴重な資料となっています。楼門(茨城県指定文化財)と、奥にある阿弥陀三尊を本尊とする入母屋造り茅葺の本堂(茨城県指定文化財)は禅宗様建築の遺構で禅寺の風格を保ちます。中朱門の中の庫裡・書院なども元禄年間(1688〜1704年)の建築で、水戸徳川家ゆかりの宝物を収蔵しています。約1万5000平方mある境内地には、源頼朝創建の年号に因む文治梅(ふんじばい)とよばれる古木のほか、松尾芭蕉の「旅人と我名呼ばれむ初しぐれ」の句を刻した時雨塚、鹿島紀行で地元の自準亭松江(じじゅんていしょうこう)との交流を示す連句の碑が建立されています。秋には紅葉の名所となり、11月下旬~12月上旬にかけて境内のモミジが真っ赤に色づきます。臨済宗妙心寺派(りんざいしゅうみょうしんじは)は、京都・花園にある妙心寺を大本山とする日本最大の禅宗派です。全国に約3,400の寺院を擁し、臨済宗全体の約半数を占める規模を誇ります。南北朝時代の延元2年(1337年)花園法皇が離宮を禅寺に改めたのが始まりです。開山(初代住職)には、大徳寺の大燈国師の弟子である関山慧玄(無相大師)が迎えられました。関山は形式を嫌い、真摯な修行と人材育成を重んじる厳しい校風を築きました。一時は室町幕府3代将軍・足利義満による弾圧を受け衰退しましたが、戦国時代には諸大名の帰依を受け、大きく発展しました。本尊は釈迦如来であり、「人間は本来、誰もが清浄な仏心(ほとけの心)を持っている」という考えを基盤としています。 師から与えられた問い(公案)に向き合い、坐禅を通して悟りを目指します。「一日一度は静かに坐る」「人間の尊さに目覚める」「生かされている自分に感謝する」といった、日常生活の中での禅の実践を提唱しています。自分自身を空(くう)にし、こだわりを捨てて「本来の自分」を見つめる姿勢は、現代においてもマインドフルネスなどと共通する知恵として親しまれています。