853年の歴史を感じる円融寺。
円融寺の特徴
閑静な住宅街に佇む、平安時代創建のお寺です。
重要文化財指定の本堂は、東京23区内で最古の木造建築です。
美しい庭が広がる境内で、穏やかなひとときを過ごせます。
山門,仁王門,釈迦堂,阿弥陀堂⋯と立派な伽藍の数々。境内も広く散策が楽しい。観光としても充実感◎。他に見どころは、日源上人五重石塔,円融碑,中門,鐘楼・梵鐘,真公稲荷⋯といったところ。この辺りの寺社巡りなら参拝必須かも。
週に一度は必ず家族と訪れるお寺です。いつも綺麗にお手入れが行き届いている境内を散策するたび、四季のうつろいを感じながら心も癒されます。23年2月に碑文谷黒仁王像修復開眼法要と堂内特別拝観にも参加いたしましたが、数百年間にわたる立ち仕事から解放され、丁寧に修復され戻ってこられたお姿を拝見でき安堵致しました。またお釈迦様の誕生日にお分けいただいたマーガレットは毎年綺麗ない花を咲かせて元気でおります。
東京都は目黒区に有ります「円融寺」(圓融寺)さんです。創建年は仁寿三年(853)平安時代前期です。約1200年近くの歴史ですね。なかなかの古刹です。最初は天台宗で創建、その後日蓮宗に改宗し、さらに天台宗に戻したと言う歴史が有ります。日蓮宗時代は徳川家や吉良氏の外護(げご)を受けたそうです。(*外護とは僧侶以外の権力者などが、財力や知力などで仏教を保護する事とか)しかしながら、江戸時代中期には日蓮宗は徳川幕府から弾圧も受けており、その際に日蓮宗から天台宗に戻したそうです。(日蓮宗さんは鎌倉時代からよく武家と揉めまてますね)古い現存の物としては釈迦堂(本堂)は東京23区内では最も古い現存の木造建築物で室町時代前期‐中期(1393‐1446年ぐらい)の建立。その他には黒像(仁王門内の阿吽像)が室町時代後期の永禄二年(1559年)に彫られた物。また、梵鐘が江戸時代前期の寛永二十年(1643年)鋳造などが有ります。23区内に有ってなかなか落ち着く場所ですね。是非にブラリと訪れてみて下さい。
学芸大学駅からグーグルマップを頼りに歩き始める。鷹番の町名に江戸時代を感じる。入り組んだ道に難儀をしながら、変則的な桜並木の散歩道出た。呑川の暗渠部を利用したものとのことだが、あのドブ川がと時代の流れを感じた。境内の紅白の梅が美しく迎えてくれた。
853年に円仁が創建したと伝えられる寺院です。本尊は阿弥陀如来。かつては天台宗のお寺でしたが、1283年に日源により日蓮宗に改宗しました。中世から近世にかけては吉良氏や徳川氏の庇護を受けて、多くの末寺を抱える名刹となりますが、いわゆる不受不施の教義を強く主張したことにより、江戸幕府から弾圧を受け、1698年に元の天台宗に戻されました。このお寺にある釈迦堂は室町時代に建てられ、国の重要文化財に指定されています。他にも、1643年に鋳造された梵鐘(国の重要文化財)、仁王門に安置されている金剛力士像(東京都指定文化財)など、多くの歴史的な遺産があるお寺です。
853年に円仁が創建したと伝えられる寺院です。本尊は阿弥陀如来。かつては天台宗のお寺でしたが、1283年に日源により日蓮宗に改宗しました。中世から近世にかけては吉良氏や徳川氏の庇護を受けて、多くの末寺を抱える名刹となりますが、いわゆる不受不施の教義を強く主張したことにより、江戸幕府から弾圧を受け、1698年に元の天台宗に戻されました。このお寺にある釈迦堂は室町時代に建てられ、国の重要文化財に指定されています。他にも、1643年に鋳造された梵鐘(国の重要文化財)、仁王門に安置されている金剛力士像(東京都指定文化財)など、多くの歴史的な遺産があるお寺です。
円融寺は天台宗のお寺で経王山と号します。仁寿3年(853)に慈覚大師が創建した天台宗法服寺が起源となっていますかつては日蓮宗のお寺で末寺75ヶ寺を擁すほど栄えた時期もありましたが、江戸幕府の弾圧を受け天台宗に再び改宗境内にある釈迦堂は、都内では東村山市正福寺地蔵堂に次いで古い建造物として、国指定重要文化財に指定されています境内では六地蔵尊などお地蔵さんと出会うことができました。
釈迦堂は都内にある国指定重要文化財の一つで、屋根の両脇がツンと立ち上がっている姿が美しいです。江戸中期には品川の東海寺からこの円融寺を巡るのが江戸庶民の遠足として人気があったそうです。仁王門の仁王像はその色合いから「黒仁王尊」と呼ばれ親しまれたと円融寺のウェブサイトに紹介されています。山門から小さな参道、仁王門、釈迦堂の風情は趣があり、梅の開花時期には参道に色合いが足され、また美しく雅です。
初めて通った道で少し気になって寄ってみたら、とても綺麗なお寺でした。つつじが綺麗に咲いていました。東京23区では1番古い木の建築物みたいで、重要文化財になっていました!ちょうどお掃除をされていたので大切にされている感じです。緑も綺麗で癒されました。
| 名前 |
円融寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3712-2098 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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山号 経王山宗派 天台宗正式名称 圓融寺かつては妙光山法服寺という寺が前身で天台宗の寺院だった。仁寿3年(853年)円仁(慈覚大師)により建立された。弘安6年(1283年)日蓮の弟子日源により、天台宗から日蓮宗に改宗し妙光山法華寺に改称した。中世〜近世にかけ徳川家と吉良家の外護を受ける。当時は坊舎18、末寺75箇寺を数えた。寛永7年(1630年)身池対論を江戸城で論戦となる。そこで敗者となってしまった不受不施論の関係者である法華寺は、江戸幕府より弾圧の対象となる。これにより再改宗を余儀なくされ、元禄11年(1698年)再び天台宗となる。天保5年(1834年)経王山圓融寺となる。・吉良家…忠臣蔵で敵役で御馴染みの吉良家。忠臣蔵で本家吉良家は改易となるが、奥州吉良家は明治維新まで存続し、交代寄合旗本1425石で家名を守った。交代寄合とは、参勤交代をする旗本のこと。なにも参勤交代するのは大名だけではなく、大名の一門も、例え大名以下の旗本でも参勤交代を義務付けられていました。・身池対論…寺領は国主の供養か仁恩であるかについて、受布施を唱える見延久遠寺の日進と不受不施を主張する池上本門寺の日樹との対論のことで江戸城で対決した。国の重要文化財…本堂は室町時代中期(1393年〜1466年)に建立された。境内には備中足守藩(岡山県岡山市北区足守)木下家代々の墓、大和田原本藩平野家の女性の五輪塔、歌手の西城秀樹さん、俳優の渡哲也さん、王貞治さんの王家、張本勲さんの張本家、全日本女子プロレスの創業者の松永4兄弟(健司氏、高司氏、国松氏、俊国が眠る)・足守藩木下家…関白太政大臣の豊臣秀吉公の妻のねねこと北政所(高台院)側の一族で備中足守藩2.5万石、豊後(現在の大分県)日出藩2.5万石因みに、田原本藩平野家は鎌倉幕府執権の鎌倉北条氏の一族になる。