富士見多聞で歴史を感じる!
富士見多聞の特徴
富士見多聞は江戸城の防護機能を持つ貴重な建物です。
松の大廊下跡に位置し、見学可能な歴史的施設です。
春の桜や秋の紅葉と共に、多聞櫓の美しさが堪能できます。
江戸時代?戦国時代?の木材の鉋がけ?の後が見られるのは、注目♪♪♪
Google Maps皇居東御苑【富士見多聞(たもん)】江戸城本丸の西縁の中央に建てられいた、長屋型の防御施設です。
本丸跡から少しのぼったところにあります。富士見多聞の中からは思ったよりもよく乾通り等が見渡せました。〜説明文〜「多聞」は、長屋造りの防御施設です。江戸城には多くの多聞がありましたが、現存するのは、この富士見多聞と伏見櫓の左右にある多聞だけになりました。現在の富士見多聞は、江戸城の多くの建物が焼失した明暦の大火(1657年)の後、諸建物が再建された際に建てられたものと考えられます。「御休息所前多聞」とも呼ばれています。
乾通りからの富士見多聞櫓♪現存多聞櫓です(*'▽'*)蓮池豪越しにカッコ良いですね♪多聞とは石垣上に建てられた長屋、城壁より強固な防御施設!今も本丸西側に睨みを利かせているのかも!少し進むと西桔橋門跡(にしはねばしもんあと)も拝見!読めないので調べましたf^_^;お利口になった所で、次回、最終回!乾門(笑)
富士見多聞は、江戸城本丸の西側に位置する、貴重な歴史的建造物です。多聞とは、城郭の石垣上に建てられた長屋で、防御と装飾を兼ねた施設でした。江戸城には15棟もの多聞があったといわれていますが、現在残っているのはこの富士見多聞ただ一つです。かつては、この場所から富士山を望むことができ、その名がつけられました。現在は、高層ビル群に囲まれて富士山を望むことはできませんが、当時の様子を想像することはできます。富士見多聞の内部は、武器庫として使用されていたと考えられています。太い梁や石造りの基礎など、当時の構造がよく残されており、江戸城の堅固な造りを垣間見ることができます。
頭打ちそうですが、当時の防壁と考えると凄いなぁと思います。
三の丸尚蔵館に行ったついでに散策しました、天気が良くてとても気持ちが良かったです、土曜日なので、外国人の観光客が多勢いました、非常に賑やかでした、富士見多聞の中は、見学できませんでした。
「千代田:富士見多聞」2024年5月に訪問しました。さすが江戸城ほどの大きなお城になると防御施設で一杯です。多聞とは、城郭の石垣上に建てられた長屋で、城壁よりも強固な防御施設でした。江戸時代の江戸城本丸には、このような多聞が、各所に築かれていましたが、現存するのは、この富士見多聞だけとのこと。今は見られませんが、かつては、この富士見多聞から、実際に富士山を望むことができたそうです。ところで、なぜ「多聞」と言うのかですが、 由来は、戦国大名の松永久秀が、大和国多聞城で初めてこの形の櫓を建てたという説や、戦いの神である毘沙門天(多聞天)を祀っていたからという説などがあります。
御休息所前多聞とも呼ばれ、松の大廊下跡の近くで少し高台になっている場所にある多聞櫓。明暦の大火(1659年)の後に諸建物の再建された時に建てられた建物で、ここには弓矢や鉄砲が納められていました。今回は靴のまま中に入ることが出来ました。(以前は脱ぎ履きした覚えがあったような。)窓に面冊子があり蓮池掘側があまり見えずでした。乾通りの一般公開の時に高石垣とセットで見るのが良さそうです。※ 2023年12月23日に投稿。
| 名前 |
富士見多聞 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木土日火水] 9:00~16:30 |
| HP |
http://www.kunaicho.go.jp/event/higashigyoen/fujimitamon.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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本丸の西の端にありました。細長い建物でした。高い場所の立っているので西側方面を見下ろす場所になっていました。西の防衛施設というのが実感できます。江戸時代の建材の作業跡なども見られて本物の時代感を実感できます。海外からの観光客が何もない室内に戸惑っていたのが印象的でした。訪問時は入場無料でした。