福地八幡神社の静謐な雰囲気。
南下條福地八幡神社の特徴
誰もいない静かな環境で心を落ち着けられます。
ガランとした境内は清々しい空気を感じられます。
穏やかな時間が流れる神社でリフレッシュできます。
❶【参考 福地八幡神社 峡北神社誌 1962年】この里は昔、南北下条壱村であったが、慶長6年(1601年)土地の広さを計測したの時に、2村にわかれたので北下条の地には新たに社殿を建てて、本神社の心霊を勧請して祀られた。この宮はその昔、貞観6年(864年)富士山焼けし時、都留郡の福地八幡大神を勧請して祀られたという。よってこのあたりを総称して福地居ととなへたが、後に藤井の字にあらためたという。本神社は元現地より上方にあったが、明治17年大風雨のため山崩れし、社殿のほとんど破潰したので、明治19年現在の地に再建を企て明治20年落成した。然るに明治31年再び大暴風雨の災害をこうむり又 社殿をことごとく倒潰した。よって現在の社殿は其の後の建造である。むかしは黒印神領1石8斗、社地3400坪余り 除地神主屋敷2畝10歩 桜井安芸守、小田切大隅守連署の制札を蔵すと。ほこらの東方1丁半あまりへだてた所、黒沢川の岸に第一華表の跡が存する。その地を八幡小路とよび、むかしは神輿をここに遷して祭られたという。又、神田、神楽田などという地名も残っている。[祭神] オキナガタラシヒメのミコト(神功皇后) ホンダワケのミコト(八幡神) オホサザキのミコト(仁徳天皇)[鎮座地] 韮崎市藤井町南下条字山岸727番地[例祭日] 4月12日 10月15日 感謝祭11月23日[境内地面積] 263坪[山林面積] 5畝15歩[境内神社] 稲荷社 天神社 神明社 外7社。
小さいけど雰囲気はあるかな。
誰もおらずガランとしてます。
| 名前 |
南下條福地八幡神社 |
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| ジャンル |
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| HP |
http://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/6021 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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清和天皇の貞観六年、富士山噴火の折、南都留の福地八幡を勧請して祀られた。依ってこの辺を福地居と総称、中世より藤井の字に改められた。慶長六年打量の折、二村に分れ北下条の地に社殿を建て神霊を勧請す。往時は黒印神領一石八斗、社地三千四拾坪、慶長四奉行の制札藏す。東方一町半黒沢川の辺に古へ壱の鳥居あり、華表の蹟存し御幸通りあり、神田、神楽田という地名が残っている。