井原西鶴の墓、歴史を感じる。
浄土宗 四弘山 誓願寺の特徴
大坂で生まれた文豪西鶴の墓があり、歴史を感じる場所です。
井原西鶴のお墓が原型のまま安置され、文化財として価値があります。
面白い無縁仏のエピソードもあり、訪れる楽しみが増えます。
浄土宗の仏教医院で、山号は四弘山。ご本尊は阿弥陀如来。寺院の公式LINE(@366ztxbg)、Instagram(@seiganzi)がある。HPの開設は、2023.4である。天正8年(1580年)創建で、450年ほどの歴史があるが、大坂夏の陣・大阪大空襲で焼失した歴史がある。井原西鶴の墓所、町人学者を輩出した「懐徳堂」を江戸中期以降経営した、中井一族の墓所もある。武田麟太郎の文学碑…「井原西鶴」より『誓願寺を出ると 夏祭りを兼ねて遷宮の儀式もいふ生玉の方へひとりでに足が向いてゐた 季節の到来に勢ひづいた蓮池の近くの金魚屋も 大きな水槽を十幾つも並べて 郡山の金魚銀魚を浮べ好事家を待ってゐた 水も紅に染まつて目のさめるやうな眺めであった」も新しくできていた。
井原西鶴は「好色一代男」や「好色一代女」で知られる浮世草子の作者、誓願寺境内で発見され再興され大阪市指定文化財と成った。
数回、参拝致しました。😃💕
綺麗に清掃されています、無縁仏にされていたエピソードも面白い近松の墓も近いしとても興味深い最初裏口から入ったら行けませんでした。
西鶴は寛永19年(1642)に大坂で生まれた。近松・芭蕉と並んで元禄文化の花を咲かせた西鶴は、西山宗因門下の俳諧師として知られ、住吉大社で一昼夜23,500句を詠む才能の持ち主であった。天和(てんな)2年(1682)小説の第1作『好色一代男』が、大阪の版元により初めて出版された。つづいて『日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)』、『世間胸算用(せけんむなざんよう)』など鋭い観察と奔放な筆致で新天地を開いた。墓は幸田露伴(こうだろはん)らが、境内の無縁墓におしこめられていたのを見つけたのが手がかりとなった。元禄6年(1693)没、52歳。
井原西鶴のお墓がありますよ。
大阪市指定文化財の井原西鶴の墓の他に、中井甃庵を初祖とする中井一族の墓もあります。中井一族は私立学問所「懐徳堂」を江戸中期以降、140年にわたり経営したことで有名です。
元禄時代の文豪西鶴の墓が誓願寺墓地に一般の方のお墓と共に原型のまま安置されています。大阪市の顕彰史跡にも指定されています。
| 名前 |
浄土宗 四弘山 誓願寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
06-4303-5353 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
〒542-0062 大阪府大阪市中央区上本町西4丁目1−21 |
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井原西鶴ファンでして、生國魂神社さん内の井原西鶴像を拝見してこちらに立ち寄りました。この日はレンタルサイクルで、大阪の商人や町人文化を巡る予定で、ものの数分でこちらに到着した次第です。門をくぐり、そのまま進むと墓地の入口が見えてきます。両側に井原西鶴の説明と江戸時代の学問所「懐徳堂」の中心であった中井家や並河家のお墓の分布図が示されていました。門から入って正面奥にあるのが、井原西鶴のお墓です。こんな古いお墓でも大事に保存されているのですね。手を合わせて普段の感謝を伝えられたので、心がほっとした気分になりました。