古材で紡ぐ神秘の社。
八王子社の特徴
島にしてはかなり大きな八王子社、迫力満点の風格があります。
年一回の祭礼が正月に行われ、多くの参拝客で賑わいます。
伊勢神宮の木材を使用した、落ち着いた雰囲気の神社です。
八王子社😊篠島八王子社は、鎌倉時代の1288年に伊勢国(現三重県)の箕曲大社から勧請されたと伝わる、航海・造船の守護神です。伊勢神宮と深い関わりがあり、20年に一度の式年遷宮で生じた古材が移築に用いられています。毎年1月に男神が神明神社へ渡る「オジンジキサマ」神事でも知られます。由来と歴史的背景創建: 鎌倉時代中期の正応元年(1288年)9月、伊勢国度会郡の箕曲神社から勧請されたと伝えられています。伊勢神宮との繋がり: 伊勢神宮の遷宮後、土之宮(つちのみや)の古材が篠島へと運ばれ、神明神社と八王子社の遷宮・改築に用いられる伝統があります。神格: 海神、造船の神、海上安全の神として古くから信仰され、特に漁業が盛んな篠島において重要な信仰の対象です。男神の社: 島の神明神社が「女の神様」を祭るのに対し、八王子社は「男の神様」を祭るとされています。
神々しく神秘的な空間。輝き放つ美しい流れをまとっていました。そして、優しくすべてを包み込んでるよう。大切に守られてるのが伝わってきました。感謝です。ありがとうございます。篠島新明神社(女宮)⇒八王子社(男宮)の順番で、この2社をセットでがオススメです。2025.12.9に初めて、八王子人として導かれるようにご挨拶に伺いました。とにかくスゴかったです。ちなみにこの写真はAM9:00前後の瞬間です。
2018.12.8参拝。
篠島神明神社(女宮)と対になっているのが、こちらの八王子社(男宮)。こちら、実は知る人ぞ知る名社です!神明神社同様に、伊勢内宮(皇大神宮)の東西宝殿の撤下古材(いわゆる再利用)が使われている、伊勢神宮でも大切に扱われている神社です。千木がこちらは外削ぎです。御祭神は、スサノオとアマテラスの占誓で生まれた五男三女神(八王子)とありますが、女宮(神明神社)の御祭神が天照大御神の荒御魂とあるので(瀬織津姫?)、男宮(八王子社)はやはり饒速日命であろう、と思われます。(隠されているのか?)なお、年始には、男宮から男神を女宮へ迎える特殊神事が行われているそうです。
神秘的でした。
神明神社の古材をを下賜されて再建される社殿、伊勢神宮の40年後の姿。まさにSDGs?雰囲気あります。
2024/11 参拝伊勢の箕曲神社から勘定式年遷宮の際、篠島神明神社は古材を使って造営しますその時に神明神社の古材を八王子社で使用されます八王子社の古材は篠島の各社にまた使われるそうですこのサイクルは良いですね鳥居からは海が見えます。
伊勢神宮が式年遷宮した古材をもらって建てられるという由緒正しい神社。
【御祭神】天之忍穂耳命(アメノオシホミミミコト)天之苦卑能命(ハメノホヒノミコト)天津日子根命(アマツヒコネノミコト)活日子根命(イクツヒコネノミコト)熊野久須毘命(クマノクスビノミコト)多紀理毘売命(タギリビメノミコト)市寸嶋比売命(イチキシマヒメノミコト)多岐都比売命(タキツヒメノミコト)天照と素戔嗚との誓約(占い)によって生まれた神々五男三女神正応元年(1288)伊勢国度会郡の箕輪神社より勧請された神社です20年毎に建て替える伊勢神宮の式年遷宮の際に出る御古材にてここの社殿も建て替えられてきましたさらにその後の古材は篠島に点在する数々の小さな社として生まれ変わっておりリサイクルが確立されているようです現在、伊勢神宮の社殿一式が移築されているのは篠島のみとされております航海、操業の安全を願う心から、古来より造船、海上守護の神として祀られていますここ八王子社は男宮とされ同じく篠島内にある神明社を女宮としセットとなっています男宮は毎年正月3日「おわたりさま」として女宮の元に向かいます夜這いさながらの為かこの「おわたりさま」を見ると祟られると伝えられ島民は家にこもり、雨戸を閉め、すべての灯りを落とし声をひそめておわたりさまの終了を待ちます無事終えると全島に太鼓が響き、島民は続々と両神が鎮座している神明神社へ初詣に出かけるのが習わしだそうです。
| 名前 |
八王子社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
https://www.aichi-jinjacho.or.jp/search_detail.html?id=a8968587-5465-47f9-b30f-59283800d642 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
【八王子社】【由緒】正応元年(一二八九日伊勢国定会所の年曲大社より初詰した神社と伝えている。社殿は神明神社と同材に申が神宮の神宮の折に造営されていたが、中古以来・伊方神宮より神明神社に御士材を下賜されて、神明神社の社段を造営し神朝神社の初お材をもって、八王子社の社度をも営するのいて、同時にニタ宮の神官式が行かわかる水正十四年(一五一七)三月魚曲大社の神宮は、頭を度会那山田郷の八社に納めたその内の一面が海を度て篠島の八王子社に奉納されて御神主として大切に保存されている明治初期より八王子社と守称されていたがもともと海神であり船つ神村とされている。