邑久長島大橋で歴史を辿ろう。
邑久長島大橋 (人間回復橋)の特徴
昭和63年に開通した邑久長島大橋の歴史的魅力です。
邑久光明園入園者に親しまれる人間回復の象徴です。
本州から長島へ結ぶ景観が素晴らしい短い橋です。
以前入れませんでした。朝焼けを写真撮影に寄りました。
2024.7.31 県の募集で訪れました。前は長島と本土までは30mの距離でしたが船で行き来しかできず孤島でした。関係者の長年の苦労と努力のおかげで1988年に念願だった橋がかかり本土と長島を結びました。ハンセン病の強制隔離の歴史?話をする上ではとても重要な意味を持つ橋だと思います。
次回は愛生園歴史館に訪れハンセン病の歴史を辿りたいとおもいます。
※邑久長島大橋:ハンセン病長島愛生園との架け橋)※国立ハンセン病療養所の長島愛生園と邑久光明園がある瀬戸内海の長島と本土を結び、2023年5月9日で35年を迎えるた!国の患者隔離政策の下、離島への隔離は、人々にハンセン病を「恐ろしい病気」との意識を植え付けてきた!架橋計画は1969年に、隣の邑久光明園で持ち上がった。当初は幅30メートルほどの海峡に歩道橋を架ける構想だったが、愛生園との協議で大型バスも通れる橋を目指す計画になり、当時の厚生省や国会議員への陳情、世論への訴えなど20年近く運動を展開し、1988年5月9日に開通した🌉現在は、橋を渡った所に「職員の詰所(1名):管理室」と、その左側には綺麗な「トイレ🚻」が設置され、数台の駐車スペースが有ります🚗
穏やかな地域てす。景色も良い。朝焼けとかキレイだろうな。歩いて渡ってみました。人間回復の橋って書いてました。いろいろ考えさせられる場所ですね。
島側に車を停めて歩いて渡ると、高さもあってなかなかの景色でした。長島の北は牡蠣の大養殖場です。
昭和63年(1988)5月9日に開通した橋ですこの橋の建設経緯に関して安易には語れませんが人間の闇と光、悪と善の両面を考えさせられます。
邑久光明園の入園者が待ち望んだ「人間回復」の象徴・邑久長島大橋のことだそうです。島と本土を結び、ハンセン病を正しく理解し、らい予防法も廃止。歴史を物語っているのでしょう。日中に訪れました。袂では釣りをしたり、日の出を拝んだりという楽しみができます。ゆっくりまったりするのに適した場所です。
とても綺麗です❗
| 名前 |
邑久長島大橋 (人間回復橋) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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資料館等入れませんでしたがまた訪れたいと思います。