急坂を上る、龍の賽銭箱へ!
八幡神社の特徴
急坂を登った先には、話題の龍の賽銭箱が待っています。
新聞で紹介された特製の賽銭箱は必見のスポットです。
父の仇はわたしたちでとの感情が込められた参拝が印象的です。
階段が結構急坂です。
新聞で龍の賽銭箱ができたのを見かけて訪れました。思ったより小さかったですが、いろいろ説明してくれました🐲階段を上ると大木が何本もあり小さいながらとても趣がある神社でした。
| 名前 |
八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
★父の仇はわたしたちで!— 弓道女子、蛇を討つ★昔、岩科村の南にあった大池には大蛇が棲み、たびたび樵(きこり)を襲っていました当時甲州に弓の名手と呼ばれる猟師がいて、仁平元年(1151)岩科の山口を訪れた際に村人たちから大蛇退治を依頼されこれを快諾しました猟師は山へと向かいましたが、いつまで経っても戻らず、村人たちが捜索すると弓矢と血痕だけがその場に((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル猟師には二人の娘がいて、父の仇を討つため弓の修練に励み、数年後、小杉原に現れた大蛇を姉妹で討ち取りました大蛇は断崖から転落して命を落とし、村人はその骨を埋葬し「蛇骨山大蛇院」(後の大地院)を建立しましたちなみに大蛇の骨は魔除けになると噂がたち大部分は持ち去られてしまったと言いますその後姉は大蛇退治の喜びを知らせるため国許の甲州へと帰りましたが、美人であった妹の方は里人に引きとめられこの土地に残りました美人の妹と言えば富士山の神、此花昨夜姫と同じ匂いがしますねどこかで話が混合したのでしょうか・・(。-∀-) ニヒ妹は父の霊を慰める為八幡神社に願掛けの礼として小杉の木を植えますその事から村の若者たちは妹を小杉小杉ともてはやしましたそれからというもの山野に植林の仕事に通う若い衆たちは、「小杉小杉」と口ずさみながら植林したといい、やがて周辺一帯の山肌は小杉の原となり、それがいつか「小杉原」の地名へと変わっていったと伝えてられていますまた、小杉原の八幡神社は慶長14年(1609年)建立とされ、貴重な神鏡が社宝として伝えられています江戸時代には植えられた小杉が成長し、依田財閥がその木材で千石船を建造し村の繁栄に貢献したと伝わっていますなんて話があったので杉を探しましたがどれがその木か分かりませんでしたね(;^_^A【御祭神】誉田別命 ホンダワケノミコト【創建】はっきりとはしていませんが慶長14年(1609)の棟札があり300有余年前と推測されています藤原時代の水皿双雀鏡一、鎌倉時代の菊花双蝶鏡一、室町時代の菊花双雀鏡一、江戸時代の蓬莱鏡天下一などの神鏡が社宝として伝わっているようです鳥居下に龍のお賽銭箱がありますこれはとなりにあった竜爪神社の合祀で近くのキャンプ場オーナーさんが作ったものなのだとか3種類のお祈りが出来るようなので蛇にお父さんを倒された経験がある方は是非ご祈祷を!( ̄ー ̄)ニヤリ駐車場:あり御朱印:見当たりませんでしたちなみに姉妹の名前はおすまとおそよと言うようです。