街の社か女體神社の魅力。
女躰神社の特徴
伊弉冉命を祀る女躰神社は、歴史ある神社です。
寛文年間に創立された、地域の鎮守としての役割を持っています。
東部平地に散在する女躰神社の一つで、独特の存在感があります。
今上下谷(いまがみしたや)女體神社 (にょたいじんじゃ)所在地 野田市今上1213祭祀沿革祭神 伊弉冉命(いざなみのみこと)寛文年間(1661~1673)の創立、今上村字下谷組の鎮守とする。明治5年(1872) 10月に村社となる。現在の社殿は昭和 31 年 (1956)4月15日竣工、同年10月11日遷宮されたものである。 その後、 平成8年10月に補修工事。祭儀御步射 2月11日夏祈祷 7月11日※御歩射(おびしゃ)関東地方東部に行われる春の農村の行事。 徒歩(かち) 弓で的を射た結果で、その年の豊凶を占う神事。
名前を聞いて立ち寄る 街の社か? 東浦和の分祀か? しっかり手を合わせる。
| 名前 |
女躰神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
04-7122-5312 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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女躰(にょたい)神社は、主に関東地方に散らばってありまして、大きなところでは、埼玉県さいたま市の緑区にある氷川女躰神社や神奈川県川崎市にある女躰大神だと思うのですが、とりわけ、東部の平地に目立って散在しておりまして、どこが本宮でどこが分社だとかはっきりした経緯も無く、集落や田園の中に忽然と建っているようなイメージの神社です。この、千葉県野田市にあるのも、女體神社と書きますが、神職間では1200番のほうの女體さんと呼ばれているらしく(こちらは下谷と慣わされる)、ここから500mも行かないところにもう一つ、女體神社があって、そちらは1500番のほうの女體神社(こちらは上谷と慣わされる)と呼び分けされているみたいです。これは、どちらの神社も野田市今上とゆう地域にあって、区別するには地番で言い分けるよりほかないから,らしいのですが、どちらの女體さまでも、地域ではちょっとした特殊神事が行われていることが有名で、オビシャと地域で言われる弓技の徒歩射礼のことを言います。毎年旧正月当たりの期間に氏子のみなさんが寄って、古くから定められた作法で、矢の当たり具合でその年の吉凶や作物の収量を占う儀礼ではあるものの、この祭事を毎年受け持つ輪番が変わるので、その引き継ぎ式をも兼ねて、境内で弓を射ります。この、1200番の下谷のほうのオビシャは、氏子の射手は本殿に尻を向けて、参道方向に据えられた掛的(霞的と干支的)に向けているのですが、社殿の縁側から距離としては10mもありません。この行事と直会までがセットになっていて、ほかにも年間季節ごとに小祭礼が営まれているみたいです。社殿は北を背に南に向けて建てられており、地区の集会所と北方には児童公園が配されています。主祭神は伊弉冉尊。常磐自動車道の流山ICを野田方向へ降りて、そのまま左手に江戸川堤防を見ながら北上して、運河大橋で利根運河を越えたら2つ目の信号機の交差点を右折、二つ目の横断歩道がある辻の右手カド地にあります。