歴史を感じる太閤塀探訪。
太閣塀の特徴
豊臣秀吉が築造した太閤塀がある歴史的な場所です。
三十三間堂の南側に位置し昔の雰囲気を楽しめます。
塩小路通に面した築地塀は目立たないのが魅力です。
令和6年 5月5日 GW 京都 奈良蓮華王院 築地塀(太閣塀)築地塀は、通称「太閤塀」と呼ばれており、国の重要文化財に指定されています。もともとは豊臣秀吉が東大寺を模して造営した方広寺大仏殿の南側の境界線として築かれました。秀吉の死後、慶長5年(1600年)に豊臣秀頼によって建てられた南大門に連なる形で現存しています。
「太閣塀」は、京都の名所・三十三間堂の南側にある長~い土塀で、豊臣秀吉が関わったと伝わる歴史的スポットです。秀吉が方広寺の大仏を再建した際に築かれたもので、その塀が三十三間堂まで続いていることから「太閣塀」と呼ばれるようになったとか。年月を重ねた土と瓦の風合いが渋く、静かな中にもどっしりとした存在感があります。
太閣塀。(202409)※重要文化財(安土桃山)。蓮華王院築地塀(れんげおういんついじべい)。「天正十六年(1588)八月大ふつ殿瓦」のヘラ書きがある瓦がある。🅿️駐車場は無料の三十三間堂駐車場か三井のリパーク 京都国立博物館前駐車場へ。🚃七条駅。🚻トイレあり。※客観的に普通の物が『最高』の評価にはなりませんので悪しからず。
日本三大土塀の一つ、太閤塀です。熱田神宮にある信長塀のように瓦を積み重ねてなくて、西宮神社の大練塀のような造りに見えます。太閤塀は桃山時代の気風溢れた建造物で重要文化財に指定されており、大練塀と同じく、その高さに圧倒されます。
三十三間堂南大門から西の土塀。京都では現存する最古の土塀なので、重要文化財に指定されています。三十三間堂南大門は元々豊臣秀吉が建てた大仏殿の南大門でした。この土塀は元々三十三間堂のものというよりはその大仏殿の土塀でした。三十三間堂は現在は独立した寺院ですが、もともとは後白河上皇の外御所の一部で、安土桃山時代は豊臣秀吉の大仏殿の一部でした。三十三間堂は位置自体は変わりませんが、様々な宗教施設の一部になりました。
日本三大土塀が一つ太閤塀三つの中では残ってる塀の長さは短いですが塀の高さ厚さは一番でしょうか。堂々たる佇まいぜひ三十三間堂拝観の際は見学下さい。
日本三大土塀が一つ太閤塀三つの中では残ってる塀の長さは短いですが塀の高さ厚さは一番でしょうか。堂々たる佇まいぜひ三十三間堂拝観の際は見学下さい。
豊臣秀吉が築造した太閤塀がありますが、特に案内板があるわけでもなく目立ちません。
2019年12月三十三間堂の南側の外側が土壁のままで、昔の雰囲気を想像すると楽しい。ほぼ観光客がおらず、じっくり見る事ができて良い。
| 名前 |
太閣塀 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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【ブラタモリポイント】三十三間堂だけ見て、こみら見ない方多いけど実はここと南大門見る価値あり。もったいない!