京都府庁内の石碑、歴史の息吹。
京都慶應義塾跡の特徴
京都府庁の敷地内に位置する記念碑となっている。
コンクリート製の石碑が存在しており古き良き雰囲気を醸し出す。
周囲の静かな環境が落ち着いた散策を提供している。
京都府庁の敷地内にあります。本館正面左側の守衛小屋の裏側にあります。この記念碑により、かつて京都に慶應義塾があったことを知りました。とても興味深い歴史です。https://www.tsushin.keio.ac.jp/column/relation/entry/relation_064705.html
京都府庁の正面入り口左手の守衛室の裏手にあるのが「京都慶應義塾跡」の石碑になります。植込みが綺麗に刈り込まれていたのですぐに見つけることが出来ましたが訪問する時期によてっては見つけにくいかもしれません。慶應義塾は、明治初期に大阪、京都、徳島と3つの分校が存在した時期があり、それぞれその跡地に記念碑が建立されています。京都府庁内にあるのが「京都慶應義塾跡」を示す石碑になります。京都慶應義塾は、福沢諭吉(1835年~1901年)により1874年2月に東京の慶應義塾の分校として開校されました。福沢と親交のあった京都府参事槇村正直(1834年~1896年)の斡旋によりこの地にあった京都府中学校の一部を借りて建設された。福沢諭吉の高弟であった荘田平五郎が経営にあたり英学 や 算術 などを教えましたが、開校してから約1年間で閉校となってしまいました。大阪慶應義塾跡の記念碑は、大阪市中央区北浜2丁目5にあります。1873年(明治6年)11月から1875年(明治8年)6月の間、大阪の北浜町2丁目の小寺篤兵衛屋敷内(現在の大阪市中央区北浜2丁目)に開設されていました。徳島慶應義塾跡の記念碑は、徳島県庁敷地内にあります。1875年(明治8年)7月から1876年(明治9年)11月まで存在した慶應義塾の3番目に開設された分校です。2025年10月訪問。
京都府庁の敷地内に在り、此処は石碑のみ。謂れはwebを参照の事。大阪慶應義塾跡は淀屋橋近辺に在る。福沢諭吉の生誕地も大阪市福島区の朝日放送の至近に在り。MGR3+HX 大阪市、大阪府。
| 名前 |
京都慶應義塾跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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府庁正門の近くの目立たない場所に立つ石碑。慶應は福澤諭吉先生ゆかりの大阪にあったことは知っていましたが、京にも一時期あったのだ。