上月平左衛門の勇気を感じる。
首切り地蔵の特徴
苦しむ人々のために直訴した上月平左衛門の悲劇が伝わる場所です。
江戸幕府への道を絶たれた故事が残る歴史ある寺院です。
地元の年貢米の苦しみを象徴するエピソードが語り継がれています。
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名前 |
首切り地蔵 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.0 |
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米の不作により年貢米が重くのしかかり苦しむ人々を見て、付近の大庄屋であった上月平左衛門は、年貢の減を訴えるため江戸幕府の役人へ直訴に向かうために進んでしましたが管轄の藩に気付かれ、江戸にたどり着くことなく藩士により命を落としました。このことを嘆いた村人が供養の為に地蔵を建てましたが、地蔵さまの首が取れてしまったそうです。修復してもまた落ちる。そして地蔵の体には平左衛門が切られた時の袈裟切りの跡があり、お坊様を呼び平左衛門の霊を供養したそうです。現在2体の地蔵さまが鎮座してますが、よく見ると顔がありません。首切り地蔵なので当然なのですが風化などによる劣化と違い、怖い感じはあります。袈裟切りの部分に関しては衣装を着けられているために確認は出来ませんでしたが、恐らくあると思われます。旅の途中でたまたま通った場所なのですが、この場所に立ち寄れたのは素直にワクワクします。駐車場ですが本堂の前に1台分程度の駐車スペースがあるのですが駐車禁止区画でしたので周辺で路側帯等、停車場を探す必要があります。