丹党の滝瀬、縁結び神社。
滝瀬神社の特徴
滝瀬神社は武蔵七党の丹党が建立した由緒ある神社です。
1236年から続く歴史を感じることができます。
本庄市の滝瀬に位置し、地域の神々を祀っています。
無人の縁結び神社です⛩️
武蔵七党の丹党の滝瀬氏が1236年に建立し。神仏分離令までは直ぐ東に在る立岩寺が管理していたとか。
旧村社。御祭神:伊邪諾命(いざなぎ)、伊邪冉命(いざなみ)。創建:鎌倉時代相当。資料によると、往昔、烏川と利根川が、当地付近を流れるときに激しい流れを見せていたことから、この辺りを「瀧ノ瀬」と呼ぶようになったといわれ、平安末期から鎌倉時代にかけては、武蔵七党の一つ丹党の勢力範囲にあり、丹党安保次郎実光の孫光直は、地頭職として当地に居住してより、地名の滝瀬を名乗っている。『児玉郡誌』によると、当社は嘉禎二年(1236年)に、この滝瀬主水正光直とその子嵯三郎兵衛経氏父子の発願により創建し、同氏の遠祖第二十八代宣化天皇を祀ったとある。神仏分離後、社号を二柱神社、祭神を伊邪諾命・伊邪冉命に改め、明治五年四月の村社列格とともに、地域の総鎮守にふさわしいようにと、かつての社号・聖天宮から、村名からとった滝瀬神社と改称した。とあります。宣化天皇(せんか)の資料には、後裔氏族として、飛鳥時代から平安時代初期にかけて有力豪族・上級貴族として繁栄した多治比氏があり、またその末裔に武蔵七党の丹党がいます。深谷市も近い本庄市地域で、武蔵七党丹党の安保氏の本貫地です。現在は近くに備前渠川も流れる、静かな田園地帯です。鳥居が瓦葺で、その社号額のところにも彫刻の施されているひさしがあり、風格を感じる造形をしていました。南側が神楽殿跡の石碑もあり、木立もなく開放された感じの境内でした。
| 名前 |
滝瀬神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0495-24-2717 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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往昔、烏川と利根川が、当地付近を流れるときに 激しい流れを見せていたことから、この辺りを「瀧ノ瀬」と 呼ぶようになったといわれ、平安末期から鎌倉時代にかけては、 武蔵七党の一つ丹党の勢力範囲にあり、丹党安保次郎実光の孫光直は、 地頭職として当地に居住してより、地名の滝瀬を名乗っている。 『児玉郡誌』によると、』当社は嘉禎ニ年(1236)に、 この滝瀬主水正光直とその子嵯三郎兵衛経氏父子の発願により創建し、 同氏の遠祖第二十八代宣化天皇を祀ったとある。 神仏分離後、社号をニ柱神社、祭神を伊弉諾尊命・伊弉冉尊命に改め 明治五年四月の村社列格とともに、地域の総鎮守にふさわしいようにと、 村名から滝瀬神社と改称した。境内には神楽殿跡の石碑があり、石碑の裏には神楽殿の屋根の瓦が鎮座しています。