笑顔の狛犬と歴史の神社。
月波神社の特徴
道の分岐点を見守る神様が鎮座する神社です。
歴史を感じる佇まいで素晴らしい雰囲気があります。
江戸時代中期の狛犬が独特の魅力を放っています。
参道は下の道路から続いている非常に長い。東南の方面を向いて鎮座しています。石の五重の塔は素晴らしい。
平安時代の初め頃に、榛名山東麓の豪族だった車持氏が勧請したとされ、かっては車持大明神と呼ばれていた…また、かって榛名神社の月並祭が定期的に行われいたので月並が転訛して、月波になったとされる。社殿は、急な石段をあがり、割拝殿をくぐった正面の石段上に鎮座。拝殿は入母屋造り向拝付きで扁額には月並神社とある。本殿は2間社流れ造りで、江戸中期に改修されたらしい。本殿の彫刻(胴羽目の浦島太郎物語中国仙人伝説など)が市の文化財に指定されているほか、江戸時代の狛犬(はじめ狛犬)、石燈籠、水鉢などがある。境内はワイルド感が濃厚…。案内板あり。🅿️なし。2025/12/26
すっっごい笑ってる狛犬さんに心打たれたいつまでも残ってますように。右の子の前の草を少し刈ってくれるといいなぁ。
月波神社(御祭神 大山津見神)八世紀末頃、当神社の近くに住んでいた車持の君の子「風の三郎」が、国司の交代の時の勘解由使に任じられ、当社の前身である車持神社を建てました。三郎は、坂上田村麻呂の蝦夷討伐のと際、上野勢の総帥として功をあげ、恩賞として「善知」の姓を受けました。三郎の徳を慕って、村民はこの地を「善地」と呼ぶようになったと言われます。月波神社(祭神は山の神、大山津見神)の社殿は正保4年(1647)の建立と言われますが、元文元年(1736)に建てられたという記録もあるようです。当社の地は古来より榛名神社の参道で、同社の月並(月次の意)祭に遥拝し、この社名になったと推察されます。石造物には、江戸時代初期の石灯篭と水鉢、同中期の狛犬などがあります。なお、初詣に13重の塔の小さな穴に米粒が入ると御利益があると言われています。
いくつか朽ち果ててるお社が…
こちらは、古くは車持大明神と言われていたそうです。群馬県の県名由来となった車持君(くるまもちのきみ)は上野君(かみつけのきみ)の一族でしたが、雄略天皇のとき、乗輿を作って献上した功により、車持君の名を賜り、その子孫は榛名山麓に領地を得たといいます。また別の史料では、天皇の乗り物の管理をする職務に携わっていたともあり、その娘が生んだ子が藤原不比等であるともいいます。様々な謎多き人物ですが、この月波神社も拝殿には「月並神社」とあり、まるで爆笑しているかのような狛犬の表情といい、何かミステリアスな感じがします(*^^*)神社の説明板によれば…車持君の子孫に当たる「風の三郎」が勘解由使(かげゆし)に任じられ、この神社を建てた…とあります。勘解由使は、国司の交代が円滑に行われるよう監督する監察官として、中央から派遣されました。三郎は坂上田村麻呂の蝦夷征伐のとき、上野軍の総帥として功を上げ、恩賞として「善知」の姓を与えられました。村人達は三郎の徳を慕い、この地を「善地」と呼ぶようになったといいます(^_^ゞ
無住神社のようです江戸時代中期の狛犬がありますが一般的に目にする狛犬とは似ても似つかない感じかな宮彫りの装飾が素晴らしい。
| 名前 |
月波神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
027-374-9150 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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道の分岐点を見守る神様石段は急ですが登った先の神社は歴史を感じる佇まいで素敵でした。