赤城山麓の野草楽園。
白河神社の特徴
赤城山が背景の神社で、関東平野を見下ろせます。
境内には六社の末社があり、多様な神々が祀られています。
野草が豊かな神社で、自然に囲まれた静かな環境が特徴です。
赤城山がすぐ後、関東平野を見下ろしている。ロケ最高です。
野趣豊かな境内と言えば、耳に心地よいが、単刀直入なところ、野草の楽園。しかし空気はうまくて、周りは緑の自然が見渡す限り広がっている…。シイの大木が、そんな境内に居心地良さそうに悠然と枝を広げて聳えている。葉陰に小さな実をたくさん育んで…。
群馬縣管下上野國南勢多郡時沢村字諏訪 村社 白河神社御祭神 水分神 大日霎命 素盞嗚命 大山祇神相殿神 建御名方神境内末社 六社琴平宮(大物主命)由緒 元来當村字白河鎮坐、明治十年(1877)七月中当社境内ニ移轉八幡宮(譽田別命)埴山姫神社(埴山姫神)稲荷神社(倉稲魂命)猿田彦神社(猿田彦神)三峯神社(伊弉冉尊)由緒不詳、當社モト白河ノ渓ニ鎮坐アリシヲ天正年間武田氏所領ノ際今ノ社地ニ移轉シテ諏訪神社ヲ合祭スト云、上野國神名帳ニ正五位上白川明神ト載タルハ是ナリ明治四十年(1907)十二月二十七日許可、本社境内末社八坂神社、大山祇神社、及字甚太夫無格社神明宮、仝境内末社三社ヲ合併セリ昭和二十年(1945)五月一日村社ニ列ス(「上野国神社明細帳」より抜粋)白河神社の由緒は不詳ですが、上野国神名帳記載の「白川明神」は当神社のこととされています。元は白河(旧字名)に鎮座していたため白河神社という社名ですが、天正年間(1573~1592)に当地が武田氏の所領となった際に現在地に移転し、諏訪神社を合祀したといわれています。現在地の旧字名は「諏訪」ですので、武田氏所領時は諏訪神社であったと推定されています。神社入口の鳥居は「昭和二年(1927)十月十五日」、その後方の小さな石燈籠には「天保五甲午年(1834)九月吉日 當曲輪中」と刻まれています。社殿左側後方に猿田彦大神、道祖神、双体道祖神、出羽三山石碑(湯殿山・月山・羽黒山)があります。更に後方に山神塔、複数の末社石祠が並んでいます。
| 名前 |
白河神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
027-283-5951 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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赤城山麓の畑地の中にポツンと立つ社です。おそらく由緒は近くを流れる“赤城白川”を御神体とする水神を祀ったものと推察しますが、あえて“白河”するところに趣きを感じます。