勝頼公ゆかりの碑、心霊探訪。
姫ヶ淵の特徴
景徳院の駐車場にあるモニュメントが印象的です。
武田勝頼公に関連する歴史的な場に位置しています。
姫が淵の由来が刻まれた石碑が心を打ちます。
天正十年(1582)、織田・徳川軍に対し、勝頼主従は女性を含め100にも満たなかったと伝えられています。家臣たちは勝頼親子に最後の時間を作るため奮戦し散っていきました。北条夫人の侍女十六人は日川の淵に身を投げ自身の身を処したと伝わっています。後の世の者はこの淵を 姫ヶ淵 と言い伝えています。現在、日川は上流で発電用水として取水しているために当時より水量が少なくなっています。石碑は 北条夫人を含めた十七名を表現したものです。侍女らを顕彰し慰霊し、山梨の歴史文化公園に指定されたを期に昭和62年に建立されました。
駐車場の中にモニュメントと説明版の石碑があります。武田家滅亡後に16人の待女が身を投げた場所です。今は小さな川が流れ身を投げても怪我をするだけのような感じだが当時はもっと高さがあり、川も広かったのだろうか。
景徳院の駐車場の側にあります。武田勝頼公の妻北条夫人の侍女16名が日川の淵に身を投げ殉死したと伝えられている場所です。現在は上流に発電所があり、取水され川の水は少なくなって、当時とはだいぶ変わっているようです。北条夫人とその侍女達が安らかに眠られるようお祈りさせて頂きました。
2018年12月02日訪問、JR甲斐大和駅から歩いて45分?川沿いに遡りそう難しい道では有りませんが疲れるのと早目に行かないと山中で険しく直ぐ暗くなり写りが悪くなります。姫ケ淵由来石碑に拠ると1582年3月11日武田勝頼公一族は織田徳川連合軍の攻撃で悲惨な最後を遂げ、その折北条氏夫人と侍女16名が日川に身を投じて殉死、現在は発電用水として取水されているので現在は水量少なく、全17名を表現した石碑を山梨歴史文化公園に指定された期に創設されたものとか由来碑は昭和62年(1987)
景徳院駐車場に入り、まず目に入るモニュメントです。武田滅亡時の伝承で、北条夫人の十六人の侍女が川に身を投げて亡くなったそうです…。今だと身を投げても、亡くならないのではと思ってしまいます。それに、モニュメントは後世に作られた物なので、目に入っても、ふ~んぐらいに受け止めていいと思います。
景徳院の駐車場にあります。武田家の滅亡時のエピソードで女性たちが川に身を投げて自害した場所です。今見ると水の量も多くなく深くなさそうで投身しても失敗しそうな感じがします。上流にダムなどもできているので、当時と今では水流も違うのでしょう。紅葉期には向かいの山がオレンジ色に色づいて美しい場所です。すぐそばには首洗い池もあります。
景徳院の駐車場にあります。武田家の滅亡時のエピソードで女性たちが川に身を投げて自害した場所です。今見ると水の量も多くなく深くなさそうで投身しても失敗しそうな感じがします。上流にダムなどもできているので、当時と今では水流も違うのでしょう。紅葉期には向かいの山がオレンジ色に色づいて美しい場所です。すぐそばには首洗い池もあります。
景徳院の駐車場にある碑に姫が淵の由来が書いてありました。武田勝頼夫人の侍女十六人が日川の淵に身をなげて殉死したそうです。時代に翻弄されて亡くなった方々…最後に何を思って亡くなったのか。心が痛みました。
武田勝頼公天目山記所縁りのスポットガイド武田家滅亡に際し、勝頼夫人の侍女十六人が日川に身を投じた所です。
| 名前 |
姫ヶ淵 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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YouTube「デイトナインターナショナル」で角由紀子さん/パシンペロンはやぶささんで山梨県の心霊スポットをまわっていた。(千代田湖)(愛宕山/愛宕トンネル)の他にこちらも来ていました。(着いて思い出しました😓)作業しながら流して観ていたのでここら辺はほとんど観てなかった。内容は分かりませんが昨日の今日ここへきちゃったなあという感じでした。なんでも当時より水量がないそうで淵というような危険そうな箇所が見当たらずでした。ただ当時の凄惨さに言葉は出ません。あちこちで手を合わせる1日でした。