立派な狛犬に出会える神社。
智賀津神社の特徴
立派な建物が魅力的な場所です。
初めて訪れる方は入口に注意が必要です。
狛犬の存在感が際立つ神社です。
前々から気にはしていた神社で、今回初めて参拝に来ました。神社のすぐ隣が住宅のプレカット工場と隣接しています。境内には意外にも立派な狛犬が有りました。日光街道沿いの智賀津神社の辺りに住んでいた人達が同じ神社を祀るようになったとかが由緒書きに書いてありました。てっきり八幡宮かなと前々から思っていたら、違う神社だったとは(笑)本当に思い込みは怖いです。
立派な狛犬がありました。
| 名前 |
智賀津神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-tochigi/jsearch3tochigi.php?jinjya=74826 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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入口がわからなくて、行き過ぎてから、歩いて見て、戻った。参道がつづき、昭和六年(1931)九月、刻の、大きな、一の石鳥居。石段が五段。右側に、太い杉並木がつづき、左に直角に曲がると、赤く塗られた、二の、木の両部鳥居。くぐると、左右に、大きな、立派な、狛犬阿吽像。右側、阿形像は、目は奥目で、獅子鼻は大きく、開いた口からは、上げた舌が見える。伏せ耳の下に、小さい巻き毛が二つ、大きい巻き毛が二つ。すじ毛が、胸の方に流れる。左前脚を上げて、下には、牡丹の陽刻があり、わきに、子狛犬が寝そべる。尾は、ボリュームがあり、左右にわかれ、両脇に、巻き毛が三つずつ、うず高く、すじ毛が前に流れる。背中には、コブがある。頭からのすじ毛が、太く、下に流れる。左側、吽形像は、まゆや上唇のうねが目立ち、右前脚を上げて、籠彫の玉(こわれてしまっている)をおさえ、伏せ耳の下の巻き毛が、うず高く、素晴らしい。尾はボリュームがあり、左右にわかれ、両脇に、巻き毛が三つずつ、うず高く、すじ毛が前に流れる(立体的である)。背中や脚に、コブがある。昭和五年(1930)十月二十八日 石工眞船卯右エ門。技巧的で装飾的でありながら、迫力がある。白河市大信以外で、作品を見るのは、珍しい。左右に、大正二年 (1913)九月廿八日、刻の、春日石燈籠一対。左側に、基本寄附者碑。明治三十八年(1905)九月二十九日献之 日露戦役紀年、刻の、手水盥のある手水舎(屋根がこわれかけている)。左右に、少し小さい、狛犬阿吽像。右側、阿形像は、少し大きい頭、目は奥目で、獅子鼻は小さ目で、開けた口からは、牙が見える。左前脚を上げて、寝そべる子狛犬(小さい玉の紐をくわえている)をおさえ、伏せ耳の下に、波頭のように、巻き毛が三つずつ、うず高く、すじ毛が、胸の方に流れる。尾は、左右にわかれ、すじ毛が、内巻きに、波頭のように、カールし、背中には、コブがおびただしい。頭からのすじ毛は、太く、下に流れる。左側、吽形像は、頭が大き目で、目は奥目、眉、あごのうねが刻まれ、伏せ耳の下に、巻き毛が、波頭のように、うず高く、右前脚を上げて、玉(ひもがうしろに流れている)をおさえ、尾は、左右にわかれ(右側が透かしてある)、すじ毛が、両脇に三つずつ、波頭のように、内巻きにカールし、すじ毛が前に流れる。背中や脚に、コブがおびただしい。大正八年(1919)十月廿八日 石工金田渓谷。眞船卯右エ門の狛犬阿吽像とよく似ている。一門系か?装飾的で迫力があるところは、同じだ。左右に、明治三十六年(1903)十一月二日、刻の、石燈籠一対。昭和元年(1926)十二月建、刻の、石燈籠一対。右側に、明治丗七八年(1904、1905)戦役寄進碑。明治四十四年(1911)二月建設、刻の、伊勢參宮紀年碑。大正二年(1913)八月一日、刻の、智賀津神社記念碑。石の祠をおさめた、覆屋(少しかたむいている)。入口のない拝殿があり、まわりは、古い杉山になっている。本社創立年月詳ならす 往昔より鎭守神たり明治五年(1872)村社に列せらる 社域二百九十三坪 平地にして老杉若杉雜生し甚た幽邃なり 『下野神社沿革誌』明治三十五年(1902) 七巻16丁。