賤機山古墳の歴史探訪。
賤機山古墳の特徴
大歳御祖神社のすぐ裏山に位置する歴史豊かな古墳です。
急な階段を登りきると独特な雰囲気の石室が見えます。
明かりが自動点灯する古墳内部は神秘的で魅力的です。
神社境内にある六世紀後半に築造された古墳らしい。「昭和24年に、登呂遺跡の周辺関係遺跡として調査がなされ、内部は口を南に向けた全長約13m両袖形の横穴式石室である。長さ6.8m、奥壁幅2.47m、高さ3.82mもある大きな玄室の前寄りに家形石棺が安置されている。石棺は本体の長さが2.45mある縄掛の突起をもった立派なものである。奥壁には幅2.4mもの巨石が使われており、こうした巨石をどこからどの様にして、中腹まで連び上げたものであろうか」(『ふるさと静岡県文化財写真集 第2巻名勝・史跡・天然記念物編』静岡県教育委員会、静岡県文化財保存協会、1992)。
黒いシートで覆われていました。入口もコウモリの侵入を防ぐために金網が張られていました。2025.10
<24年12月>【「駿河國総社 静岡浅間神社」さまの境内にある史跡「賤機山古墳」】・静岡県静岡市葵区。「駿河國総社 静岡浅間神社」さまの境内にある史跡「賤機山古墳」。・6世紀頃(1500年前)の築造とされ、円墳でその規模は大きく、県下随一の家形石棺を有し、出土品の豊富華麗なことは東海地方に類を見ない古墳だとか。当地方の最有力豪族の墓であると考えられているそうですが、誰なのかは不詳だそうです。・外側から中をのぞくことはできるものの、現在は室内へ雨水が浸入して石室石材の劣化が進行していることから、石室の毀損・損壊を防ぐ目的で、防水シートを墳丘全面に設置。さらに、安全を考慮し、事前に団体見学依頼を提出した方々以外の石室内への立ち入りは禁止されているようです。・古墳の外に古墳の詳細が記された案内板があるので、外側から石室内を覗き見ながら案内看板を見て思いをはせる、のが最大限の楽しみ方でしょうか。ということで、5-10分あればサクッと観光できてしまう、立ち寄りスポット。「駿河國総社 静岡浅間神社」さまに訪問された際には、併せてサクッと立ち寄られてみてはいかがでしょうか。ありがとうございました。#静岡スポット #観光スポット #駿河國総社 #静岡浅間神社 #賤機山古墳 #古墳 #史跡 #静岡古墳#ShizuokaSpot #TouristSpot #SurugaProvinceSosha #ShizuokaSengenShrine #SenbayamaKofun #AncientTomb #JistoricSite #ShizuokaKofun
大歳御祖神社の左手から山道に入ると、賤機山のハイキングコースになる。少し上がると、すぐに古墳の表示があり、石段が付けられている。その先に古墳があるのだが、ビニールシートで覆われ、入口も金網で保護されている。
無料の駐車場があります。石段が整備されています。毎日ちゃんと清掃されているようで、箒の跡が残っており頭が下がる思いです。
2024年8月24日に訪問。黒いシートがUFOのようだが、古墳を守るシート。入口から石室と家型石棺を覗き見ることができます(入口に柵あり)。脇には古墳構造の模型と解説板があります。6世紀後半の豪族の墓とありました。すでに盗掘されていたそうですが、副葬品の遺物は多数あったようです。どこに展示されているのだろう…
浅間神社参拝ついでに八千戈神社脇の百段からなる石段を上り見学。国指定史跡。直径32メートル、高さ7メートルの円墳でかなり大きな規模の横穴式石室が設けられている。墳丘は賎機山の尾根の南端を利用して丸く削られて造られたものであろう。6世紀頃のこの地の豪族の墓とされながらも人物の特定にはいたらない様だ。古墳脇には丁寧な説明板に模型も設けられて非常に分かりやすい。墳丘は山肌保護の為か黒いビニールシートで覆われ趣に欠けたが、全般的に保存状態抜群な史跡なだけに致し方ないところだ。
静岡の古い歴史、もしかすると神社の設置と関係があるかもと想像力が働きます。石段を上った先にある古墳。静岡市は草薙の県立美術館の坂などに多くの古墳後が残っています。気候が温暖で、海産物や山のものも手に入りやすかったので昔から人が行き来していたことに思いをはせました。
古墳群ではなく、急な階段を昇る大歳御祖神社の中腹にあった史跡の円墳を拝見。大河ドラマ館でリニューアルされた最後の展示にレプリカの出土品や説明があった。静岡の地名由来の賎機説もあるみたい。
| 名前 |
賤機山古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
054-221-1069 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 8:00~18:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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墳丘は賤機山の南端の斜面を利用して造られており、直径は約32メートル・高さは約7メートルの円墳で、埋葬施設として横穴式石室を持ち内部に家形石棺が置かれている。古墳の築造時期は6世紀後半とみられている。 石室は両袖式で、玄室部の長さは約6.5メートル・奥壁部高さ3.8メートル・奥壁幅約2.6メートル、羨道部は長さ6.4メートル、高さ約1.7メートル、幅約1.2メートルである。玄室奥から墳丘裾の外護列石まで(横穴式石室の長さ)13.2メートルある。石室用材は賤機山丘陵から安倍川下流右岸にかけて分布する玄武岩である。 石棺は家形石棺で長さ約2.9メートル・幅約1メートルで伊豆産の凝灰岩をくり抜いて造られており、長辺側に3対(6個)と短辺側に1対(2個)の縄掛け突起がある。