威風堂々!
徳川家康公之像【駿府城公園中庭】の特徴
駿府城公園に鎮座する威風堂々とした家康公の像です。
鷹を手に携えた圧倒的な迫力に思わず感動します。
じっくり鑑賞できる懐かしい待ち合わせスポットです。
静岡県静岡市、かつて徳川家康公が将軍職を退いた後に「大御所」として君臨し、天下の実権を握り続けた終焉の地、駿府城。その広大な東御門をくぐり、駿府城公園の中庭へと歩みを進めると、松の緑に囲まれて凛然と立つ「徳川家康公之像」が目に飛び込んできます。この銅像を語る上で欠かせないのが、家康公の左手に止まる一羽のタカです。家康公は生涯にわたり**「鷹狩り(たかがり)」を趣味以上の「生業」として重視しました。彼にとって鷹狩りとは、単なる遊興ではなく、平和な時代における最強の健康管理術**であり、高度な軍事演習でもあったのです。家康公は、家臣たちにも「鷹狩りは足腰を鍛え、寒暑に耐え、病にかからない体を作る最高の養生である」と説きました。実際に、野山を数キロにわたって歩き回るこの活動は、晩年まで衰えることのなかった家康公の強靭な体力の源となりました。また、ただ運動するだけでなく、道中で農民の生活を直接目にし、地形を把握することで、情報の「整合性」を常に自らの足で確認していたのです。この像が立つ中庭は、かつての二ノ丸跡にあたります。天下泰平の礎を築きながらも、決して慢心することなく、タカと共に鋭い眼光を未来へ向け、自らの「心・技・体」を律し続けた家康公。復元された東御門や巽櫓を背景に、この像の前に立つと、400年前の「大御所」が吸い込んだ駿府の澄んだ空気と、不変の健康への知恵が、静かに胸に響いてくることでしょう。
徳川家康が徳川秀忠に将軍職を譲り、大御所(将軍の父の敬称)として駿府城に移ってきた晩年期の姿を表した像になります。台座を含めた全体の高さは6.5mで、像のみでの高さは3.5mと結構大きな銅像です。建立されたのは昭和48年11月で西伊豆出身の彫刻家である堤達男の制作になります。像は鷹狩りに出掛けた際の姿で左手に鷹を持っています。堂々とした貫禄ある銅像です。
駿府城の写真スポットの一つ。徳川家康は大御所時代の10年間ここ駿府城で過ごしました。
徳川家康公の銅像とともに、向かいには家康が植えたとされるみかんの木があります。
静岡県静岡市葵区の駿府城公園の本丸跡にある徳川家康の銅像です。ゴールデンウィークの日曜日の15時頃でしたが、銅像周辺の観光客はまばらでした。徳川秀忠に将軍職を譲り再び駿府城に戻り「大御所政治」を行っていた頃の姿で、恰幅が良く鷹を腕に止まらせ鷹狩りのときの様子を表しているとのこと。前日に浜松城で見た若い頃の像と比べると貫禄が段違いですね。訪問時期:2025年5月。
大御所として駿府に移ってきた頃の家康の姿を表した銅像です。家康は晩年の65歳から亡くなる75歳までの約10年間を駿府で過ごしました。静岡駅北口の像(徳川家康公之像、竹千代君像)と併せて観光するのがおすすめです。
武将達の銅像は総じて威圧感がある中で、家康の銅像は威風の中に親しみを感じました。家康が手植えしたみかんの木は感慨深い。
徳川家康はこんなふくよかな体型だったのかと思ってしまう。写真を撮るには、光の加減として午前中に訪れるのがいいそうだ。アップしたのは夕方の写真である。
駿府城公園の一画にポツンとありました。結構ポッチャリしてるから、もう後半の安定期、というかそれこそ駿河でのんびりしてた頃をモチーフにしてるんでしょう。
| 名前 |
徳川家康公之像【駿府城公園中庭】 |
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| ジャンル |
/ / |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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大御所時代の堂々たる銅像です。