松倉城の壮大な遺構を体験。
松倉城跡の特徴
静かな環境の中で、富山平野の美しい景色が堪能できます。
越中三大山城の一つとして、素晴らしい遺構が見学可能です。
本丸近くまで車でアクセスできる便利さが魅力です。
2026年5月訪問。小規模の城や砦が山麓に広がっており、松倉城の中枢部は尾根伝いに遺構が残っています。残っているのは曲輪跡や土塁、堀切。マニア向けの城跡です。麓からはガードレールもない細い山道を登って行きますが、所々で離合できる場所はあります。大きいクルマでの訪問、運転に自信のない方にはおすすめできません。駐車場は本丸すぐ下にあります。東から三の丸→二の丸→本丸→八幡堂と連なる連郭式山城。北から攻め寄せる敵に効率よく矢玉を浴びせられたと想像できます。本丸周辺だけを見るなら30分もあれば見学できるかと思います。周辺の支城群や遺構すべてを見るとなるととても1日では足りないと思います。追記:周辺は熊の出没地域らしく、道のあちらこちらに箱罠が仕掛けてありました。
越中三大山城の一つ本丸まで車で行くことが出来るが麓から徒歩で行くと1時間近くかかった富山県内でも最大規模の山城であり各曲輪も広大で曲輪間の堀切も明瞭に残されていた遺構はよく整備されて見やすくなっており本丸からの眺望はよく山城のジオラマが設置されている基本的に土造りだが本丸から北西にある平地の大見城平に石垣で形成された虎口が見ることが出来る。
松倉城は越中国有数の規模を持つ山城である。標高430mの城山の山頂部に築かれており、麓からの比高は360mである。現在は城のすぐ下まで林道が通っているため見学しやすい城である。しかし、道は細いため注意が必要である。城域は広く無数の郭があるが整備されているのは本丸、二の丸、三の丸くらいである。それ以外の部分の探索は藪漕ぎとなる。また熊の出現にも注意が必要である。完全な土の城で石垣などはない。目立つ建造物などはないが、本丸には巨石がそびえている。堀切、土塁なども確認できる。特筆すべきは本丸からの眺望で眼下に日本海を一望できる。松倉城は越中国守護代椎名氏の居城であった。越後の上杉氏配下だった椎名氏は後に上杉氏に離反。武田氏と結んだが、上杉氏に攻められ落城し、城を追われた。その後、上杉氏の城となったが織田方の佐々成政に攻められ奪取された。その後、廃城となったようである。
魚津の山の上の城跡です。看板を見つけて軽い気持ちで車で登ってみたら、ものすごい距離で細い曲がり山道を登ることになりました。スリルは満点!!やっとこさ本丸跡に辿り着いたらば、さらに険しい徒歩の登り道。さらに熊、猿注意の看板があって震え上がりました。なので登らず引き返しました。今度は準備万端で登ってみたい!そこまででも、緑が深く鳥の声がして気持ちのいい場所でした。でも、聞いたことのないプエ〜プエ〜という動物らしき声?がして、熊の子供に思えてすぐに逃げました。朴の木、タラの木、山紫陽花、植物もたくさん。道に落ちた石もたくさん。スリルもたくさん。富山に戦国時代の歴史があったなんて驚き!!
シンボル広場に駐車スペースがあり、そこから山道を10分位で楽に行けます。クマ注意の看板があるので、鈴など持って行ったほうが良さげ。途中切りトウシや空堀などを見ながら進むと、どこから集めたのかと不思議なくらい結構立派な石垣が残っています。ところどころブルーシートで囲ってあったので、台風等の土砂崩れがあった模様。山の頂上部分を削って石垣を組み本丸にした縄張りで、さほど広くはないが本丸跡からの眺望は素晴らしい。小さいながら石垣を回って本丸の入り口に入る構成は、安土城の本丸の入り口に似ていると感じた。
堀切♬切岸♬段郭♬の規模が大きい石積門♪前も広い削平地縄張図に説明板、ジオラマまである支城も廻れば一日中楽しめる カモ
父は先祖が城主だったと言っていました。母の先祖は支城の小菅沼城の門番だったそうです。道が悪く自動車で来ると後悔します。小学生の頃遠足で来てお弁当を食べたのを思い出しました。道中野生の猿の集団がいました。
行くのはちょっと大変だけど静かで良いですね!野鳥の王国って感じ。あと、魚津からのアクセスはやめたほうが良い、めっちゃ悪路。滑川からはGood!
本丸近くまで車で行くことが出来ます。駐車場から約300m、5分で本丸跡に着きます。本丸跡からの眺めは最高です。だだし、途中の道は、整備が不十分です。w
| 名前 |
松倉城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0765-23-1045 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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松倉城(富山県魚津市鹿熊 字城山)松倉城は南北朝時代の14世紀前半に築かれ、戦国時代末期の16世紀末まで約250年間にわたり新川地方の政治・軍事の拠点。松倉城は椎名氏の居城でしたが、上杉謙信による激しい攻城戦の末に落城。その後は上杉方の重要拠点として河田長親らが配置され、さらに防衛ライン(支城群)が整備されましたが、織田軍の侵攻や前田利家による統治を経て慶長年間初頭に廃城。松倉山山頂(標高430.9m)にある、越中最大級の山城であり、増山城・守山城と並ぶ「越中三大山城」の一つ。山頂部には、空堀で区切られた五つの郭が南北に並び、主郭から延びた複数の尾根に郭群、空堀などで防御し長さが1キロメートルにも及ぶ巨大な城郭。本丸下部まで林道が延びて無料駐車場がある。大きな城石碑のある登城口から登ると本丸、二の丸の分岐となり、本丸は大岩に案内板ある平坦地で富山湾、魚津城、桝形城、石の門砦などが見渡せる。戻り堀切を挟んで二の丸、三の丸。駐車場から本丸まで約5分でした。今回は本丸周辺だけの訪問だったが、また機会があれば石の門砦や他の城郭群も本城したいと思う。