甘楽町秋畑の厳かな古社。
稲含神社(一之宮貫前神社境外攝社)の特徴
稲含山登頂前に訪れる参拝スポットです。
ちいじがきの里として知られる美しい地域です。
カモシカに出会うことができる自然豊かな場所です。
山の頂上手前に厳かに鎮座しています。桜の花が満開でした。
稲含山登頂する前に参拝させて頂きました。
こちらを参拝したあと荒船神社に向うのであればグーグルの指示に従って北西へと車を走らせてはいけない。すぐに砂利道となり、道なき道を進むことになる。来た道を戻り富岡まで引き返してから下仁田へと向うべき。自分の単車は故障した。
2021年5月に再訪問、昼間に訪問できたのでゆっくりお参りできました。2020年11月に訪問。この場所にもトイレありますが、手洗い場の水は出ませんでした。
2020年11月に訪問。この場所にもトイレありますが、手洗い場の水は出ませんでした。
にほんの里100選「甘楽郡秋畑那須」甘楽郡の南西、秋畑那須地区は、傾斜地で平らな農地がなく、ちぃじがきと呼ばれる小さな石を積み重ねた石垣で段々畑を支えてきたため、「ちいじがきの里」とも呼ばれています。四月中旬から五月上旬にかけて、雄川の谷を200~400匹のこいのぼりが四本のワイヤーで大空高く上げられ、「こいのぼりの里」としても知られています。(「群馬の観光情報サイト We Love群馬」より)「ちぃじがきの里」を越え更に稲含山に進むと、稲含山登山口の「神の池公園」に到達します。その神の池公園の130m位手前に「稲含神社」があります。神の池公園の裏手から尾根を登るトレイルをどんどん登って行けば「秋畑稲含神社」に到達します。更に進んで行けば「下仁田稲含神社」にも行けます。但し、神の池公園から先、「秋畑稲含神社」や「下仁田稲含神社」を目指す場合は難所もある登山道なので、しっかり装備を調えて向かうことをお勧めします。甘楽町秋畑側の稲含神社の御祭神は豊稲田姫です。下仁田側の御祭神は豊宇気姫。「稲含大明神御縁起」によれば、神社は第二十八代安閑天皇の御代(530年頃)の創建といわれています。豊稲田姫は印度から日本に稲作と養蚕を伝えました。また稲含へ行って蚕を飼ったという伝説が伝わっています。豊稲田姫は印度から稲の種子を持って来られるのに苦労され、どこに隠しても見つかってしまうので、口に含んで持って来られたと言われています。以来、養蚕と五穀の守神として、今も多くの人が参詣しています。永正二年(1505)の「稲含大明神御縁起」写本が地元那須に保存されています。(ブログ「山と鉄」より)甘楽町指定重要無形民俗文化財「稲含神社の太々神楽」甘楽町秋畑那須で行われる神楽は、安政年間(1854~1859)の出入(稲含神社の領有をめぐり、下仁田町栗山と争った)で秋畑が勝ったことを祝って奉納したのが始まりです。神楽奉納は、正月の御筒粥神事の翌日は集落、五月三日は稲含神社、翌四日は集落で行われています。(甘楽町公式HPより)
山から降りてきた後にカモシカ居ましたが逃げられました。
| 名前 |
稲含神社(一之宮貫前神社境外攝社) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2024/4/28 群馬百名山稲含山の甘楽町秋畑地区にある古社です。かつては稲含山山頂の岩壁直下に鎮座していましたが(現在は社殿の廃屋が残存しています)、後世、標高1,000mに位置するこちら神の池の近くに遷座されました。富岡市にある上野国一の宮の貫前神社の末社となっています。貫前神社はその御本殿の左横に、インドから渡来し養蚕を伝えたとされる抜鉾大明神(女神)をお祀りしていますが、こちら稲含神社の御祭神も豊稲田姫というインドからの帰化人とされています。養蚕や稲作の神様です。両神が同一神かどうかは不明ですが、いずれにせよ、こちら上州にはいにしえの時代、インドからの移民があった可能性を示唆しています(私見)。稲含山山頂手前にも稲含神社が鎮座していますが、こちらとは、少なくとも現在は関係が無いようです。山頂手前の稲含神社は下仁田地区、こちらは甘楽町秋畑地区の管轄となっていて、過去に両地区の間で争いがあったとも言われています。駐車場、トイレ有り。それでは皆様、良いご参拝を!