東京タワー近くの静寂な寺院。
萬年山 青松寺の特徴
1476年に開創された歴史ある曹洞宗の寺院です。
大都会の中に広大な敷地と豊かな緑を持つお寺です。
籔内佐斗司氏の作品や特徴的な噴水が楽しめる空間です。
曹洞宗萬年山青松寺。文明8年(1476)の開創でご本尊は釈迦牟尼仏。山門・中雀門をくぐると立派な本堂が現れ、右側には観音聖堂、左側には坐禅堂がそれぞれ建てられています。昔、境内にあった獅子窟学寮は現在の駒澤大学の元になったそうですよ。!!
最寄り駅 東京メトロ日比谷線神谷町より徒歩7分拝観料は無料 トイレ無し山号 萬年山宗派 曹洞宗本尊 釈迦牟尼仏江戸府内の曹洞宗の寺院を統括した江戸三箇寺の1つで、太田道灌が雲岡舜徳を招聘して文明8年(1476年)に創建。当初は武蔵国貝塚(現在の千代田区麹町周辺の古地名)にあったが、徳川家康による江戸城拡張に際して現在地に移転した。長州藩、土佐藩、広島藩、津和野藩、津山藩、岡藩、安房勝山藩、請西藩などが江戸で藩主や家臣が死去した際の菩提寺として利用した。江戸前期に存在した徳永氏時代の高須藩や沢海藩、玉取藩の菩提寺でもあり、これら各家が改易され旗本となっても当寺に墓所を営んでいた。との事です港区は愛宕ヒルズに隣接するお寺ですが周りの喧騒とは裏腹に境内は静かな静寂があります山門には立派な四天王像があり素晴らしいですね直ぐ近くには愛宕神社もあります。
『坂の上の雲』に登場される軍人·明石元二郎大将、中村彰彦先生著の『遊撃隊始末』に登場する請西藩主·林忠崇公の菩提寺です。立派な山門の両側には四天王様が配置されてます。本堂裏手には立派な庭園が。墓地は裏手の高台にありました。御朱印授与は無い旨、掲示がありました。
とても静かです。他に人はほとんどいません。本堂の扉は閉じられてますが、自分で開けて中に入れます。お線香もあげてきました。
港区愛宕。1476年創建。本尊は釈迦牟尼仏。江戸城を築いたことで知られる太田道灌が雲国舜徳を招聘して創建。創建当初は武蔵国貝塚(現在の千代田区麹町)にありましたが、徳川家康の江戸城拡張のために現在地に移転しました。境内には獅子窟学寮があり、多くの人材を輩出し、明治時代に高輪の泉岳寺学寮、駒込の吉祥寺旃檀林と統合して現在の駒澤大学になりました。高層ビルの立ち並ぶ地区にこんな立派な山門のある大きなお寺があるとは思いませんでした。山門をくぐれば開放感ある静かで広々とした空間が広がっています。
1476年に開創された、曹洞宗江戸三カ寺の一つに数えられるお寺です。
文明8(1476)年、太田道灌が開基。曹洞宗。慶長5(1600)年、現在の地に移動。都会の中の都会、港区です。日曜ということでもあるのか、静寂がとても心地良いです。暑かったので、通り過ぎただけですが、良いところでした。
御成門駅から歩いて愛宕神社に向かう途中、慈恵大学病院の向かいに立派な山門があったので立ち寄ってみました。青松寺は、愛宕山の南麓、愛宕グリーンヒルズの高層ビルに挟まれた場所に堂々とした山門と本堂を持つ曹洞宗江戸三カ寺の一つに数えられるお寺です。1476年創建とのことなので、ちょうど京都で応仁の乱が終結しそうな頃に建立されたお寺です。山号は「萬年山」、山号は山門の上にしっかり刻まれています。因みに、山号とは、仏教の寺院に付ける称号で、寺院によっては付けていない所もありますが、付けている場合はその寺院が所在する山の名称を付けている場合と、所在地とは関係のない仏教用語を山号として付けている場合があります。
道すがら偶然立ち寄っただけだったがこのような所に斯様な大寺があったことに驚かされた。大きな山門と本堂だけでなく、境内に植えられている松の枝ぶり、境内を流れる水路の穏やかさなどにも目を奪われた。本堂左手から成城石井グリーンヒルズ店方面に抜けられる道があるがそちらの裏手に法輪大観音あり。
| 名前 |
萬年山 青松寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3431-3575 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
新橋の愛宕にあるお寺。両側には高層ビルとタワーマンションがそびえる。向いが慈恵医大病院。訪れた時山門は改修中で足場やパネルに覆われてみることができなかったが、立派な山門のようである。山門の脇から入った。境内はちょうど紅葉が見ごろで風情のある美しい境内であった。この日訪れたのは理由があり、赤穂浪士の一人堀部弥兵衛が討ち入りに際し遺言をしたため、そこには本人と婿養子の堀部安兵衛の遺体はここ青松寺の墓に葬るよう書いていた。青松寺は堀部家の檀那寺であった。ある意味忠臣蔵ゆかりの地でもある。そんな思いで訪れた。