船大工の魂を祀る神社。
伊那上神社の特徴
静岡県松崎町の森の中に鎮座する立派な神社です。
積羽八重事代主命を祀る由緒ある神社でおすすめです。
巨樹の輪切りが敷地内に存在し歴史を感じる場所です。
★船大工の魂が息づく、造船技術者ゆかりの神社★この神社、創建時期は「不詳」とされているものの、平安時代初期に伊予国(愛媛県)からやってきたとう説があります社名も時代によってコロコロ変わり、平安末期文治元年(1185)には「松崎上宮神領分」、正徳2年(1712)の棟札には「伊那上宮」宝暦9年(1795)には「三嶋大明神」と、どうも改名癖がついていたようです(;^_^A『日本書紀』の応神天皇の巻では、新羅の王が日本に造船技術者を送ったとされており、この辺りの伝承ではその技術者たちはこの地に定住し、集落を作ったとなっていますなぜこんな片田舎に・・(・・?そして、彼ら帰化人が地域の守り神として「伊那上社」と「伊那下社」を祀ったとされています「伊那上」と「伊那下」は那賀川を境に分かれていましたが、伊那上社は後に三島神社の系統へとつながっていったようです鎌倉時代にはあの源頼朝がわざわざ参拝し社田を寄進これで一気にランクアップし、末社80以上を抱える「伊豆西海岸のトップ神社」に成り上りましたそのご利益にあやかろうと各地より人々が集まりだし、本殿内には鎌倉時代の神像6体や、県文化財に指定された神鏡「松喰双鶴鏡」等を有する格式の高い神社となりますただし、安土桃山時代と江戸時代に火災で社殿が全焼しますがいずれも再建を図り、明治時代には郷社に格上げされ、地域の守り神として存続しました境内には忠魂碑や西南戦争死者碑があり、かつて樹齢350年の町指定天然記念物「亀甲松」がありましたが、平成5年に力尽きてしまったようです【御祭神】積羽八重事代主命 ツミハヤエコトシロヌシノミコト三島大社の祭神 事代主命の別名ですねまた出雲大社の祭神でもあり、天孫降臨話で地上を天の神に譲った逸話があります境内の謎の木像はチェーンソーアート伊那下神社の宮司さんのご趣味なそうです(;^_^A駐車場:あり御朱印:伊那下神社で伊那下神社とセットになった大判タイプが頂けます。
町のお祭りの日でした。紅白幕が普段と違う雰囲気を醸し出しています。歴史ある神社で境内には様々な像や土俵のような場所も見られました。周囲には住宅も多く周囲に溶け込んだ風景が印象的です。
わかりづらいところにありますが、とても良い神社です、下神社にもあしをはこんでみていただきたいです、おすすめいたします、、
ちょっとした森の中にある立派な神社です。
社務所は朽ちていました。御朱印はすぐ近くの伊那下神社でいただけます。
松崎港に近く、那賀川の河口部にも近い場所に鎮座する【積羽八重事代主命】を祀る神社です。創建時期は不明ですが社伝によると、嵯峨天皇の御代である弘仁8年(817年)伊予国・越智郡の三島大明神(大山祇神社)から遷座いたと又、伊豆国府・三島から遷座したとも伝えられています。『式内社調査報告』によると、造船技術に秀でていた帰化人である『猪名部一族』が当地に流れ着き、『伊那』と呼ばれる様になり、産土神として祀った神社であると伝わっています。当神社より500m程南西に伊那下神社が鎮座している事から当神社は、『上の宮』と呼ばれ、古来から奥伊豆第一の大社であり、伊豆国神階帳に『従四位上・いなかみの神』と記されている古社です。祭神の積羽八重事代主命をもっと分かり易く言うと『恵比寿様』ですね。
静かで素敵な場所でした。伊那下神社からゆっくり歩いて10分くらいです。
神名帳の伊豆國那賀郡の項に記載のある、伊那上神社または仲神社または仲大歳神社の論社の一社。御祭神は積羽八重事代主命となっている。国道136号線が大きくカーブする角に鎮座。境内にある由緒書によると、当社は第52代嵯峨天皇の御代の弘仁八年(817)に伊豫國越智郡三島か伊豆國国府の三島から勧請とある。まず、伊予の三島なので、今治市大三島の大山祇神社のことだろう。続いて、伊豆の国府の三島というのは三嶋大社のことだろう。大山祇神社は御祭神は大山積神で、三嶋大社は大山祇命と積羽八重事代主神となっている。続いて、由緒書によると、県の文化財となっている1608年に寄進を受けた金燈籠には仲神社彫り込まれているとのこと。伊那上宮という名が出てくるのは1712年の棟札が最初とのことで、当社は仲神社であった可能性も高い。ところで、伊那というのはこの付近に摂津の猪名からの移住があったから、という説がある。猪名というのは猪名川流域のことで、北摂のかなり広い範囲を指している。箕面市白鳥には為那都比古(いなつひこ)神社がある。また、池田市にある伊居太神社には境内社に為那都比古神社が鎮座する。
伊那上神社いなかみじんじゃ静岡県賀茂郡松崎町宮内37-1祭神積羽八重事代主命「いな」は新羅国の造船技術者が日本へ招聘され猪名部の称を賜った最初、摂津国の猪名部=兵庫県伊丹市川西市付近で働き更に伊勢の員弁(いなべ)郡に行き更に伊豆半島の当地にも進出との伝承があります当社は猪名部が祖神を祀った神社と思われます2020/7/30 参詣。
| 名前 |
伊那上神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
054-261-9030 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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伊那上神社(いなかみじんじゃ)。静岡県賀茂郡松崎町宮内。式内社(小)、旧郷社。主祭神:積羽八重事代主命(つみはやえことしろぬしのみこと)資料によると、創祀年代は不詳。社伝によると、嵯峨天皇弘仁八年(817)伊予国越智郡の三島大明神(大山祇神社)から遷座したとも、伊豆国府三島から遷座したとも伝えられている。『式内社調査報告』によると、造船技術に長けていた帰化人である猪名部一族が、当地に流れ着いて伊那という地名になり、その産土神として祀った神社であろうという。500mほど南西に伊那下神社が鎮座しており、当社は上の宮とも呼ばれている。往古、奥伊豆第一の大社であり、式内社・伊那上神社の比定社。伊豆国神階帳に「従四位上 いなかミの明神」とある古社。承安三年(1173)、伊豆へ流されていた源頼朝が当社に参詣して開運祈願し、以後、将軍家の崇敬が篤かったという。天正年間に大化によって、本社以下八十余の末社も焼失。時の祠官金差義長が再建したが、慶長年間に再び火事になり、社宝、古記録等を焼失した。その後、再建され、明治六年八月郷社に列した。慶長十三年(1608)三月、大久保石見守長安が当社に金燈籠を奉納したが、そこに「那賀神社」と記されており、当社を、式内社・仲神社、式内社・仲大歳神社と考える説がある。とあります。