歴史の舞台、玉泉寺で感動!
曹洞宗 瑞龍山玉泉寺の特徴
下田市にある玉泉寺は、初代駐日アメリカ領事ハリスが使用した歴史的なお寺です。
日米和親条約の舞台とされ、開国に深く関わった重要な場所です。
ハリス記念館では幕末の情勢についての展示があり、歴史を感じることができます。
ハリス資料館があって、幕末開国時の史料を数多く展示。日本史の教科書で見たことのある黒船艦隊のスケッチなども。寺に併設の資料館としては、なかなか充実しており、歴史好きな方は是非訪れるとよいでしょう。米艦隊の兵士がしばらく滞在した寺なのですが、畳や備品が傷つけられて、彼らが去った後、直すのに金がかかるから何とかしてほしいと幕府の役人に訴える手紙が面白かった。
ハリスさんがどんな方なのか、何をしたのかなど詳しくまとめられていました。勉強になりました。
表通りから細い道に入るため、非常に見つけにくいです。😅通り沿いに10台弱の無料駐車場がありますので、そこを目指して行った方が分かりやすいと思います。私は土曜日のお昼に伺いましたが、びっくりするほど誰もいませんでした。思ったより小さなお寺ですが、170年前はここにハリスがいたと思うと感慨深いものがあります。☺️ハリス記念館も敷地内にありましたので見学しました(500円)。20枚の紙芝居風の説明書きを読みながら一周するのですが、とても興味深く楽しめました。来てよかったです。
階段を上がって山門をくぐると、本堂が見えます。静かで落ち着けるところです。参拝して、右手のハリス記念館の受付で、御朱印をお願いしました。記念館は、撮影禁止です。数々の展示物があり、ステンドグラスが素敵でした。
いや〜初代アメリカ総領事タウンゼント・ハリス氏の境遇は、想像を絶しますわ・・・。なぜなら彼が下田まで乗って来た軍艦サン・ジャシント号の乗組員は、領事館となった玉泉寺で国旗掲揚用のポールを建てるのを手伝うと、さっさと船に引き上げ、彼を残して出港してしまったからです。(もう1人の欧米人で通訳のヒュースケンはオランダ国籍)。文字通りたった1人の「アメリカ代表」です。母国アメリカは船で何ヶ月もかかる太平洋の彼方であり、次の船がいつやって来るのかも分かりません。(実際に着任から18ヶ月以上もアメリカからの音信はありませんでした)また文化も言葉も全く異なり、話を共有できる人間はヒュースケンだけ・・。こんなの、火星に置いて行かれるのと何も変わらないじゃないですか!本堂が宿所に当てられ、本尊の釈迦如来を挟んで入口から左側がハリス氏の部屋で、右側がヒュースケンの部屋でした。今でもよく保存されストーブを取り付けた跡も残っています。お寺なので当たり前ですが、彼らからすれば不気味な異国の蕃神の偶像の前を通らなければ互いに行き来も出来ません。ワタシなら怖くて、夜にトイレに行けないかも(笑)。この状況でもハリス氏はアメリカ大統領特使として、責務を果敢にまっとうしようとします。彼の任務は日本との通商協定の締結です。彼はたった1人とはいえども、バックには黒船をはじめとする強大なアメリカの軍事力があります。「このまま鎖国を続けていたら、アヘン戦争の時のように英仏の大艦隊が江戸城下に押し寄せて来るかもしれない。その時に仲介の労をとって危機を回避させられるのはアメリカだけである。また事前にそうならないように、開国する事こそが肝要である。アメリカがその手助けをしてあげよう。」という論法です。まるでアメリカが正義の味方みたいですね(笑)。この時、日本は幕府という軍事政権である事が幸いしました。欧米の細かい技術や文化法制は理解できなくとも「戦争に勝てるか負けるか」だけは分かるのです。一方、中国や朝鮮半島は儒教による濃厚な官僚国家になってしまっていたため、「善悪」による観念論で判断してしまい、現実の軍事力の脅威がまったく分かっていませんでした。アヘン戦争の情報を入手し(戦後3ヶ月以内には全てを知っていました)分析した結果、はじめは渋っていた幕府もハリスの主張の理を認め、通商協定の締結へと舵を切ります。感情的な排撃論など、圧倒的な戦力差の前には何の意味もないことは明らかだったからです。その後、米軍艦ポーハタン号上で日米修好通商条約が結ばれて横浜が開港となると、ハリスは江戸へと去り玉泉寺領事館は閉鎖となります。この間、わずか2年10ヶ月の出来事でした。
アメリカ領事館がおいておりました。ロシア人墓地やアメリカ人墓地もあります。ハリス記念館は下田まちあるきマップ使用で@500⇒@400になります。
ペリーが日米和親条約で開国した日本が、この条約に基づいて日米修好通商条約を締結し、初代駐日アメリカ領事となったハリスが領事館として使用したお寺です。階段を登るとアメリカやロシアの方のお墓がありました。御朱印も素晴らしかったです。
ペリーが日米和親条約で開国した日本が、この条約に基づいて日米修好通商条約を締結し、初代駐日アメリカ領事となったハリスが領事館として使用したお寺です。階段を登るとアメリカやロシアの方のお墓がありました。御朱印も素晴らしかったです。
ペリーによる日米和親条約で開国した日本が、この条約に基づいて日米修好通商条約を締結し、初代駐日アメリカ領事となったハリスが領事館として使用したお寺ですね。境内にはアメリカ人やロシア人の墓が残っています。こちらの目玉はハリス資料館で、ここに来るまで日米修好通商条約は不平等条約と習ったことが間違いであることを初めて知りました。不平等条約となったのは後の改定後であり、そもそもはそれほど無茶な内容ではなかったのです。ハリスや日米修好通商条約に関する資料が豊富に展示されており、幕末や日米の関係史に興味があればとても面白い資料館でしょう。また、大の牛乳好きであったハリスが体調不良の折に牛乳を希望し、看護婦として雇われていたお吉が方々手を尽くして9合弱の牛乳を日本史上初めて購入したことを記念した碑も設置されています。9合じゃくで米俵3俵分という大変な高額で購入したそうです。先の大戦を命がけで戦った日米両国の出会いとその後の繁栄の始まりの地でもある玉泉寺、ぜひ訪れてみてください。
| 名前 |
曹洞宗 瑞龍山玉泉寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0558-22-1287 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 8:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
〒415-0013 静岡県下田市柿崎31−6 曹洞宗 瑞龍山玉泉寺 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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