静けさと猫が迎える光厳寺。
光厳寺の特徴
臨済宗の歴史あるお寺で、落ち着いた雰囲気です。
市指定文化財の仁王像があり、魅力的なスポットです。
猫が人懐っこく、癒しを提供してくれる場所です。
那須七騎史跡2022年5月6日来訪。大田原市でもかなり東寄り、八溝山から続く丘陵地帯に連なる長閑な景色の中にあるこのお寺は、黒羽藩の礎を築いた大関高増が隠居後に隠棲した臨済宗のお寺です。ここに大関高増のお墓があります。大関家代々の墓所がある大雄寺は曹洞宗のお寺ですが、こちらは臨済宗のお寺なんですね。高増は臨済宗妙心寺の大虫和尚を屈請して光厳寺を再中興とし、1587年にここに隠棲、未庵と号し、1598年に死去、ここに埋葬された。佐竹氏出身の高増の室も、1614年に亡くなり、玉垣の外、高増の墓の隣に埋葬されている。大虫和尚とは、常陸(茨城)の小田の出身で、会津の興徳寺、鹿島の根本寺の住持を経て、北関東の多数の五山派の寺院を妙心寺派に帰属させ、同じ臨済宗の僧、虎哉宗乙と並び「天下の二甘露門」と称され、双璧を成した(wikiのまんま)という、高僧です。戦国時代とはいえ、手段を選ばず、政敵を葬ってきた野心家の大関高増も、晩年になり、自らの行いに思うところがあったということでしょうか。そんな彼を帰依させてしまう程、大虫和尚は立派な方だったのでしょうね。光厳寺には、他にも、天保の大飢饉をひとりの餓死者も出さずに乗り切った、当時の藩主大関増輔公に仕えた重臣簗瀬昌向の碑があります。この碑を建てたのは、黒羽藩第11代藩主大関増業です。石井沢大関増次の墓の口コミでも述べましたが、この殿様は、大洲藩加藤家から養嗣子として黒羽藩に来た方で、窮乏する藩財政を立て直そうと倹約令等の各種改革を実行しようとするが、重臣らの反対にあい、半ば強制的に隠居させられてしまった人で、創垂可継等の著作を残した人でした。その増業公が、この碑を造る為に、わざわざ出身地の伊予大洲藩から石を運ばせ、簗瀬昌向の業績を顕彰したという事が、傍らの説明板に書かれています。大関高増のお墓を訪ねようとして、割と広大な寺の西側の墓域を探し回りましたがなかなか見つかりませんでした。お寺にいた人に尋ねたのですが、わからないと言われてしまい、諦めて帰ろうとしたところ、東の樹林の方に行く小径を見つけ、辿って行ったところにようやく高増公のお墓を見つける事ができました。訪ねる人も少ないのかもしれませんが、もう少しわかりやすいと良いですね。
那須三十三観音3番札所として参詣しました。山門からのアプローチが長く、歴史を感じさせる厳かな雰囲気でした。御朱印を奥様にご対応頂きました。ありがとうございました。
静けさの似合うお寺、書置で宜しければ…ご朱印いただけました。
臨済宗のお寺です。
幹線道路を外れた、比較的辺鄙な田舎の寺ではあるが、趣の深い秀逸な寺院です。御朱印を頂きました。
母の法要に訪れました。初めて行った、栃木県北部の奥地にひっそりと建っ古くからあるお寺さんです、一組だけだったので静かにお別れができました。
雰囲気の良い所でしたよ。
猫が人懐っこいのか、全然逃げない。
庭作業のてを止めてとても優しく対応してくださいました。古い建家の中も見せて頂きとてもよかったです。
| 名前 |
光厳寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0287-59-0350 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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先日、那須方面を巡る旅の途中で、臨済宗のお寺である光厳寺に立ち寄らせていただきました。このお寺、実は那須三十三ヶ所観音霊場の第三番札所にもなっているということで、これは一度行ってみるべきだろうと思ったんですよね。場所は、幹線道路から少し外れた、比較的辺鄙な田舎にひっそりと佇んでいるという表現がぴったりくるような、長閑な景色の中にありました。しかし、この静けさこそが、このお寺の持つ厳かな雰囲気を一層引き立てているように感じました。山門をくぐってから本堂までのアプローチが長く、その道のり自体が歴史を感じさせるんですよね。広大な敷地ではないんですが、古くからあるお寺だということが、その佇まいや空気感からひしひしと伝わってきました。栃木県北部の奥地にこんなに趣の深い秀逸な寺院があるなんて、ちょっと驚きでしたね。臨済宗のお寺ということで、なんだか心がシャキッとするような、清々しい空気を感じました。特にこのお寺は、江戸や武蔵国の臨済宗の根本にあたる、非常に重要な役割を果たしてきた歴史があるみたいで、あの大関高増が晩年に隠棲した場所でもあるそうです。黒羽藩の礎を築いた武将が、ここで未庵と号して禅の道に入り、最期を迎えたと聞くと、戦国時代の激動を生き抜いた男のロマンみたいなものを感じて、ますます興味が湧きました。その大関高増のお墓も境内にあるんですが、ちょっと探すのに苦労しましたね。広大な墓域を西側から探したんですが見つからず、諦めかけて東側の樹林の方へ続く小径を辿っていったら、ようやく見つけることができました。訪ねる人が少ないのか、少しわかりにくい場所にあるので、事前に調べておくか、誰かに尋ねるのが確実かもしれません。あと、このお寺の歴史を深く知ると、大関高増を帰依させたという大虫和尚という高僧の存在もすごいですよね。戦国時代の野心家を改宗させてしまうほどの人物だったわけで、その精神性の高さに感銘を受けました。お寺に到着して、早速御朱印をいただこうと伺ったのですが、たまたま庭作業の手を止めて、ご住職の奥様でしょうか、とても優しく対応してくださいました。こういう、人の温かさに触れると、旅の満足度がグッと上がりますよね。書置きでの御朱印の対応もしていただけたので、お忙しいところ申し訳なかったんですが、無事に那須三十三観音第三番札所の御朱印を拝受することができました。境内の建物についても、古い建家の中も見せていただき、とても貴重な経験ができました。特に印象的だったのが、本堂の下にある、自由に扉を開けてお参りできるお堂です。中に入ると、中央には金色に輝く阿弥陀如来が鎮座されていて、その両脇には力強い金剛力士像、いわゆる仁王像の阿形と吽形が立っていました。この仁王像は市指定文化財にもなっているそうで、間近で見る迫力は凄まじかったです。ただ、お参りした後は、扉を閉めるのを忘れないようにしないといけませんね。このお寺は、観光地化されすぎているわけではなく、まさに静けさの似合うお寺という雰囲気で、僕が訪れた時は、一組だけだったそうで、とても静かにお別れができたという口コミもありましたが、僕も静かにゆっくりと参拝することができました。こういう、落ち着いた場所で、雰囲気を味わいながらお参りできるのが一番ですよね。また、境内の様子でいうと、枝垂れ桜があるみたいで、桜の季節に咲くと本当に綺麗だろうなと思いました。本堂と絡めて写真を撮ったら、すごく良い絵が撮れそうですね。僕が訪れた時期は桜の季節ではなかったんですが、新緑や紅葉の季節もきっと美しいだろうと思います。あと、境内には猫がひなたぼっこをしていたという口コミも見ましたが、動物がいると、なんだかホッコリしますよね。光厳寺は、歴史好き、特に戦国時代の史跡巡りが好きな人にはたまらない場所だと思います。大関高増のお墓だけでなく、天保の大飢饉を乗り切った重臣の碑など、藩政の歴史を感じられる史跡もあって、深堀りし甲斐があります。全体を通して、この光厳寺は、単なる札所としてだけでなく、歴史と静寂を感じられる非常に雰囲気の良い所でした。奥様のご対応も優しくて温かかったので、また機会があれば、今度は桜の季節に訪れてみたいと思っています。この場所は、那須の奥地にひっそりと建っているからこそ、その趣の深さが際立っているんでしょうね。落ち着いた雰囲気の中で、ゆっくりと自分と向き合いたい時や、歴史ロマンに浸りたい時に、ぜひ訪れてみてほしい、そんな素晴らしいお寺でした。