歴史感じる難波宮大極殿跡。
大極殿跡の特徴
大阪の初期歴史を感じられる、難波宮の跡地です。
芝生に囲まれた広い公園で、のんびり息抜きを楽しめます。
大阪歴史博物館が近く、難波宮について学ぶことができます。
「大極殿」は、国家的な大礼など重要な儀式の場である大極殿院の中央にあった建造物で、天皇が座されていました。荘重な建物であったと考えられ、東西140尺×南北71尺の基壇の上に建つ礎石建築で、柱間9間×4間の単層寄せ棟屋根で、屋根は瓦葺きというように考えられているそうです。
特になにもないですが昔は色々あったようで調べてみてこの場にいるとワクワクします。夏は日焼けするために裸で寝ている人がちらほらいます。
大阪の起源 難波宮の跡 今整備が進んでいます。大阪歴史博物館のエレベーターホールからよく見えます。歴史博物館のこの部分のイベント紹介キャラは、中大兄皇子です。前期難波宮関連です。大阪歴史博物館の基礎部分のガラス床にも宮建造物の基礎部分が見れます。
2022年4月17日に訪問。この日は暑い日でした。広々とした公園になっており、多くの家族が楽しんでいました。大極殿の跡を復元してあります。散策しただけではよくわかりませんが、大阪歴史博物館から眺めると宮殿の配置がなんとなくわかります。博物館に復元ジオラマがあるので対比するとよいでしょう。難波宮は前後期に分かれているとのこと。前期は乙巳の変の後、孝徳天皇によりこの地に遷都され、ここで改新の詔が発せられたといいます。感慨深いですね。その後たびたび遷都され、天武天皇の時代に複都とされましたが火災により消失したそうです。後期は都を転々と移した聖武天皇により1年程度は都だったようです。その後は紫香楽京を経て平城京へと戻ったそうです。とはいえ外国との入口としての適地でもあり、その後しばらくは宮として残ったようです。
当時の日本の宮殿としては、大きなものだったようですね。ところで、写真では判り難いですが、南へ少し離れた篝火の付近から、この遺跡に向かって北方向を見通すと、道路標示板(裏側が見えている)と、遠くのビルの間に大阪城が見えます。遺跡と大阪城とモダンなビル。1300年間の歴史を見通すようで、痛快。
のんびり息抜きポイント。HKから近いからか、女優もここでよく息抜きしていたって言ってたな。まあだからといって騒ぐところでもないし。
■難波宮大極殿跡台座は復元されてますが余りにも寂し過ぎる。奈良にある「平城宮跡歴史公園」の「第一次大極殿院」までとは言わないが、もう少し大阪府(大阪市?)にも頑張っていただければと思います。
ただの広場で構造物はほとんどありません。散歩するには良いです。災害時の避難場所としても良いでしょう。これからも大きな構造物は作らない方がイイと思います。
お散歩で訪れる事があります。主に夜ですが、広くて静かで空気も綺麗です。お昼はピクニックするのも楽しそう。
| 名前 |
大極殿跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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☆大極殿=天皇の帝座「高御座」が据えられた古代朝廷の正殿であり中心‼️広い難波宮史跡公園の北側の真ん中、一段高くなった場所が大極殿跡👀聖武天皇が再建造営した後期難波宮の「大極殿」基壇跡の立体的な遺構再現表示、基壇の上には大極殿の柱の平面表示もされ柱の太さと数の多さが分かります😯大阪歴史博物館10階の中に「後期難波宮 大極殿」の中の様子が再現されてます、朱色の柱や天井の高さなど雰囲気を実感、更に平城京跡に復元された大極殿の様な建造物が立っていたとは壮観、ここにも再建したら素敵なんだけどな🤔