磯部町公園で桜と遊びを楽しむ。
磯部町公園の特徴
約50年ぶりでも変わらない遊具が魅力的な公園です。
桜が美しい磯部堤のそばに位置する花見スポットです。
ブランコや滑り台があり、子どもの遊び場として最適です。
細長い三角形の敷地に、ちょこちょこっと遊具があります。広場もあります。トイレや専用駐車場はありません。(もう少し先の新しい公園にはトイレがあります。)
物心つく前から遊んでいた磯部町公園。札幌から帰省し、久々に訪れてみると…馴染みの遊具は「汽車ぽっぽ」だけになっていました。小学生の頃は、その上にラジオを置いて夏休みのラジオ体操をしていたのが懐かしく思えます。当時はもっとたくさん遊具があり、回旋塔や4人乗りのベンチ型ブランコなど、今では危険のため撤去&製造禁止のものも。あれから40~50年磯部町公園から昭和のにおいが消えそうなことは本当の本当に寂しいのですが、きっと、新しい令和の磯部町公園に生まれ変わるんだろうなぁと、期待もしています。
広く子どもを遊ばせるのにイイ感じ。
約50年ぶりの磯部町公園でした、遊具は変わらず何かタイムマシーンにでも・・・近所の磯部湯♨さんももう在りませんでしたが想い出深い場所でした。東京からでしたがまた是非訪れてみたい想い出の場所です。
桜が綺麗、雪景色も良い 混雑して無い。
桜の季節が最高ですが、その他の季節でも子供の遊びと犬の散歩が両立できて最高です。
15年ぶりに花見に磯部に行きました☺️やっぱり綺麗ですね😉
桜の名所、磯部堤の側にあります。平成最後に何本かケヤキが伐られました。
ブランコ、滑り台、トンネル遊具があります。駐車場、トイレはありません。
| 名前 |
磯部町公園 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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何の変哲もない児童公園ですが、私にとっては感情を揺さぶられずにはいないとても大切な場所です。かつてこの場所には大谷高等女学校という学校がありました。大正14年、現在も富山市五福にある浄土真宗大谷派の古刹・長光寺の堂内を教室に私立報徳女学校として設立。校長先生は同寺の住職でもある長守覚音師。その後、大谷女学校と改称し、校舎も富山市総曲輪の真宗大谷派富山別院境内の大谷会館内に移転。さらに昭和12年には富山市磯部町に自前の校舎を建築。それがこの場所に当たります。今、この地に当時の痕跡は何も残っていません。それは空襲が原因です。この一帯は昭和20年8月2日未明の「富山大空襲」により甚大な被害を被りました。大谷高等女学校も全焼。戦後、再興が図られたものの、昭和25年になってもうひとつの浄土真宗系の女学校である藤園女子高等学校(現・龍谷富山高等学校)に併合となり、その歴史に幕を閉じています。そして、校舎があった場所はこうして児童公園に姿を変えたという次第です。私の母は、この大谷高等女学校に昭和16年4月に入学し、20年3月に卒業しています。もっとも、戦時中のこととて母を含む女学生らは昭和18年12月からは当時の細入村楡原(現・富山市楡原)にあった軍需工場に「学徒隊」として動員され、卒業後も同工場に留まって今度は「女子挺身隊」として水上飛行機のフロートにリベットを打つ作業に当たっていました。だから、昭和20年3月卒業と言っても、実際の在校期間はもっと短いんですね。わが家に母の女学校時代の写真は1枚もありません。母の女学校時代を偲ばせるものは、卒業証書だけです(なぜか、本科と附属看護婦養成所の2枚。もしかしたら附属看護婦養成所の方は「従軍看護婦」を養成するための施設だったのかも知れません)。今から5年前、母を連れてこの公園を訪れました。何か思い出してくれないかと期待しましたが、反応はありませんでした。当時の痕跡が何も残っていない以上、やむをえないでしょうか。ただ、ひとつだけ母は覚えていました、それは校長先生が「長守先生」であったこと。とてもやさしい、良い先生だったそうです。本年2月に95歳で亡くなった母の思い出に、このクチコミを公開します。