歴史を感じる次郎柿、森町の宝!
治郎柿原木の特徴
丁寧に手入れされた次郎柿原木は訪れる価値ありです。
平成十九年に指定された、貴重な天然記念物の柿の木です。
住宅街の中に隠れた静かな観光名所として人気です。
まあ柿の木があるだけ。柿が成ってる時期ならもう少し感慨深くなれるのかもしれませんが…
2022年、今年は沢山の柿がなっていました。
江戸時代後期の弘化年間(1844〜1847)森町村五軒町(栄町)の松本治郎が太田川で柿の幼木を発見した。庭に植え成長した木から、四角く甘い柿がなり治郎にちなんで、此の名で呼ばれるようになったそうだ。飯田の一木藤太郎屋敷跡(一木系早生次郎柿 選抜発見の地)の原木も、こちらに移植されていた。大正9年、品種改良に取り組んでいた飯田村の一木藤太郎が色づきが早く形の良い早生の次郎柿を発見。飯田小学校近くの記念碑も掲載しておきます。
これが原木か。と感無量な心持ちになります。場所は狭い道で民家の間ですので、行かれる方は気をつけて向かってください。
次郎柿の原木…なのですが、写真からも分かるとおり小さい…。むかーし子供の頃見たときは、天を衝くように大きかった印象があったのですが。もしかしたら近年何かあったのでしょうか?気になります。説明を見ればなるほどとなりますが、ながくいるスポットでは無いと思います。森町の昔からの商店街の外れにありますので観光のついでとしては良いと思いますが。
柿が好きな人には良いと思います。
表通りから入った、住宅街の真ん中にあります。10月の体育の日にはまだ、ちょっと色づきが足らない感じでした。道路側に原木の2代目、奥の右手に原木があります。少し離れた左手に、早生柿の原木。午後に行くと、建物の陰が入るのと逆光になってくるので、写真をとるなら、午前中早めに行った方が全体をきれいに撮れるようです。
説明書よりーーー県指定文化財(天然記念物)昭和十九年三月三十一日指定次郎柿原木この柿の木は弘化年間( 一八四四~四七)に森町五軒町の松本治郎という人が、太田川原で柿の幼木を拾い庭に植えたところ、成長し実をつけるようになった。明治三年(周智郡誌では二年)に火災のため焼失したが、幸いに翌年焼け残った根株から発芽して成長し、再び実をつけるようになった。この実は、肉質がち密で、豊かな甘みがあり、種も少ないことから良品質が認められて、評判になった。時の人は、治郎(呼称·ジンロウサ)の名を取って、ジンロウ柿(甚郎柿·治郎柿)というようになった。明治三十三年頃には、慣用の「次郎柿」に定着した。平成十二年五月 森町教育委員会。
森町の天然記念物だよ‼️😉🌳
名前 |
治郎柿原木 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.9 |
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枝の剪定など手入れが行き届いています。一木系早生次郎柿の木が、一番風格があります。狭いですが、駐車場はあります。(2〜3台)令和5年6月18日。