筋肉を鍛える八坂の急坂。
八坂の特徴
ノンストップで鍛えられる太もも、八坂の急坂は挑戦必至です。
冬場の降雪や凍結時は、上りも下りも命懸けな坂道が待っています。
藩政期に金沢城を守る惣構だった歴史深い急坂です。
昔、木こりが通る八つの坂があったので八坂(はっさか)と呼ばれたそうです。
ノンストップで上ると太ももが鍛えられる坂💪 *読み方→ハッサカ。
賢坂辻から兼六園方面に歩いて行くと、突如急坂が現れてびっくりしました。横に階段がついているので少しはマシでしたが、結構疲れました。この坂を地元の方が自転車で普通に下っていくのがビックリでした。
一見してわかる通り、冬場の降雪時や路面凍結時は上りも下りも命懸けの坂。ついでにカラスの繁殖時期は頭上からのクチバシ攻撃にも注意が必要(張り紙がしてあるので確認しましょう)。あとは金沢医療センターの関係者か近所の者かわからんけど、病院敷地内での喫煙が完全禁止されてるからとか、自分の家をヤニで汚したくないからとかいうふざけた理由で、ここの坂の所々で喫煙しとる場合があるから副流煙にも要注意。
藩政期には金沢城を防衛する惣構だったと云われている様です。
100段を超える急な坂道、一段ごとの面積も広く、大腿四頭筋、下腿三頭筋、前頸骨筋を鍛えるならもうここしかない。
ゴリゴリに急です。その一言につきます。下りきった後はばちばちのT字路なので自転車での爆走はお勧めしません。
ぶらり途中下車。
| 名前 |
八坂 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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金沢城と兼六園の東側、小立野台地の縁から扇町方面へ下る急坂「八坂(はっさか)」。兼六園界隈は坂道が数多くあるが、この八坂はとりわけ特徴的で、坂道と石段が混在した全長約127メートル、高低差24メートル、斜度は平均13度にも及ぶ、かなりの急勾配となっている。この坂にはいくつかの名前が残されてきた。昔、坂の付近には木こりが山へ向かう八つの坂道があったことから「八坂」という名が生まれたという話が有名だ。実際、坂道の上部には金沢市が設置した案内板があり、この由来を紹介している。ただ歴史をさかのぼると、かつて坂の頂上付近には「宝幢寺(ほうどうじ)」という寺があったため、この坂はもともと「宝幢寺坂」と呼ばれていた。寺は元禄9年(1696年)に現在の小立野二丁目方面へ移転したため、坂の名前も徐々に「宝幢寺坂」から町名でもあった「八坂」へと変化していったようだ。江戸後期の地誌『亀の尾の記』や『金澤古蹟志』では、「八坂」と「宝幢寺坂」は別であるとしているが、明治以降は宝幢寺坂という名称が次第に忘れ去られ、「八坂」の名称だけが残って今日に至っている。八坂の歴史的な意味合いは、実はかなり興味深いものがある。坂のある小立野台地の縁は、かつて金沢城を防衛するための「惣構(そうがまえ)」の一部であり、金沢城の外郭防衛ラインである東外惣構が整備されていたエリアにあたる。惣構とは城を取り囲む防衛のための堀や土塁のことで、金沢では江戸初期、慶長年間に外惣構が完成した。その外惣構の東端に位置するのが八坂である。八坂の坂下付近にはかつて「霞ヶ滝(かすみがたき)」と呼ばれる滝があり、ここが東外惣構の起点となっていた。霞ヶ滝の水は城内へ辰巳用水という用水路で引かれ、その余った水が坂の下から源太郎川へ流れていった。つまり、八坂の坂下は惣構の堀を形成する水の流れの起点となる重要な場所でもあった。こうして八坂周辺は城下町の防衛を支える機能的なインフラの中心地であり、地域の要衝となっていたことがうかがえる。また、八坂はかつて加賀藩の重臣、奥村家の上屋敷のすぐ近くに位置したため、「伊予殿坂」という別称も持っていた。奥村家は代々前田家を支えた藩の重臣であり、その屋敷がこの場所に置かれたということ自体、坂が防衛上重要な場所として位置づけられていた可能性を示唆している。八坂自体の景観も特徴的だ。急な坂道には風情ある石段が多く、石垣や石塀、古い民家や寺社が混じる街並みと調和し、歩くだけでも昔の城下町らしい情緒が味わえる場所である。また坂道の途中から眺める景色がよく、坂上からは浅野川や卯辰山の丘陵地帯まで遠望できる。このことから古くより月見の名所として親しまれてきたという話もあり、坂道の途中にはゆっくり月を眺められるベンチが設置されているほどだ。坂の上端に出ればすぐ兼六園の東側出入口(桂坂口)があり、観光地としても人気が高い。兼六園の歴史もまた八坂と深く関わっている。園内の霞ヶ池と八坂の坂下にあった霞ヶ滝は、名前の共通点だけでなく実際に水路を通じて繋がっており、兼六園に供給された水が辰巳用水を経て八坂へと流れ、城下町の防衛堀を形成していたことが分かる。坂道を下りきったところには、曹洞宗の松山寺をはじめ多くの寺院が立ち並び、さらに浅野川を越えれば東山の茶屋街にもほど近い。まさに八坂は、城下町金沢の歴史的景観を代表するスポットの一つであると言える。金沢城の防衛、生活道路としての役割、坂名の変遷、そして現代の風情ある町並み。坂道ひとつにこれだけの歴史が詰まっていることに驚きを感じる。石段を一歩一歩進めば、加賀藩政期から現在に至る歴史の重層性を肌で感じられるはずだ。坂の頂上から見下ろす城下町の姿に、今も昔も変わらぬ金沢の風土が凝縮されているように思う。