函館四天王像で歴史を学ぶ。
四天王像(函館四天王 今井市右衛門・平田文右衛門・渡邉熊四郎・平塚時蔵像)の特徴
元町公園にひっそり佇む四天王像は見逃せません。
明治維新後の志を象徴する偉人たちが描かれています。
函館市の歴史を感じることができる独特の彫刻作品です。
元町公園に建立されています😊四天王についての説明書きがあり勉強になりました。
函館の発展に貢献した4人の像解説文を読むと知らなかった事が勉強になりました。
函館に貢献した四人の像。
函館元町公園にあります四天王像。明治期の函館の発展に尽力した4人の財界人、今井市右衛門・平田文右衛門・渡邊熊四郎・平塚時蔵のブロンズ像だそうです🤠
今井・平田・渡邉・平塚函館四天王勢揃い。
元町公園を歩くとひっそりとした所にある像です。四天王とは函館の発展に貢献した4人の像です。
旧函館区公会堂の下に広がる元町公園の中にあります。四天王とは仏教用語で守護神の総称を言うのですが、転じてある分野における実力者の4人組のことも指し、銅像の4人は明治時代に函館の発展に貢献した4人だそうです。説明の看板を読むと、4人の中で函館出身者は左から2番目の人だけでした。
元町公園の中にある像。四天王とは言うが仏教の四天王ではなく、函館の産業発達や公共サーヴィス、インフラストラクチャの整備などに貢献した4人の人物を顕彰するものだ。4人の名前や出自、功績の概要などは像の台座に記されている。像自体は大したものでもないが、台座の碑文はあまりほかの場所では知る機会の少ない情報が含まれており、大変面白い。
四天王この人たちでドラマや映画が作れそうです。
| 名前 |
四天王像(函館四天王 今井市右衛門・平田文右衛門・渡邉熊四郎・平塚時蔵像) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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明治期の函館の発展に尽力した4人の財界人を四天王に例え、元町公園内に建てられたブロンズ像。→本来四天王とは仏教用語であり、仏教の守護神の四天王を指すもの。・今井市右衛門氏・平田文右衛門氏・渡邊熊四郎氏・平塚時蔵氏の四人を指しています。元町公園の開園に合わせ、昭和57年(1982年)10月に設置されました。像は、明治期の函館の経済や教育、医療の発展など、互いに連携して本業の傍ら私財を投じて函館の街づくりに尽力した四人の功績を後世に伝えるもの。*像の向かって左から・今井市右衛門石川県能登出身の商人。元治元年(1864年)に函館最初の洋物店(西洋雑貨店)を開業。箱館戦争後の資材、用品不足に助けられ大いに繁盛し、函館屈指の大商人となりました。明治に入ると北海道最初の新聞社「北溟社」を渡辺熊四郎・平田文右衛門らと設立。医師と共同で福祉事業の育児会社や恵まれない人のために鶴岡学校を運営しました。・平田文右衛門函館出身の商人。呉服太物商を営み、他の三人とともに造船所、器機製作所、学校、病院、新聞社の設立等を主唱し、計画・実行。函館の将来のためには港湾の整備、船渠の完成、奥地に通ずる鉄道の敷設が急務であると考え、函館・小樽を結ぶ函樽鉄道株式会社(現在のJR函館本線のうち、函館~小樽間)の創設に努力したことでも知られています。・初代・渡邊熊四郞大分県竹田出身の商人。明治2年(1869年)に金森洋物店を開業し、のちに書店や船具店、海運業、倉庫業などを展開し函館病院の再建に尽力。平成31年(2019年)に閉店した棒二森屋デパートは、末広町で開いた金森森屋百貨店が前身。現在は観光エリアとして有名な金森赤レンガ倉庫も、初代・渡邊熊四郎の設立した金森商船が建てた倉庫をリノベーションしたものなんです。・平塚時蔵青森県田名部(現在のむつ市)の商人。呉服太物、西洋雑貨の販売を業とし、明治8年(1875年)に他の三人等と協力して書店・新聞閲覧所を設けた。明治11年(1878年)には函館新聞社を創立。函館公園の開設にも関わり、第一公立病院の創立、弥生小学校の大火からの再建など、慈善事業にも貢献しました。この像は旧函館区公会堂のすぐ下、函館港を一望できる場所に建てられている。四天王たちは今の函館を見てどう思うのだろう。