荘厳な雰囲気の気多本宮。
能登生国玉比古神社 (気多本宮)の特徴
歴史ある能登生国玉比古神社は気多大社本宮です。
大己貴神など多くの神々が祀られている神社です。
荘厳な雰囲気が漂う静かな神社でおすすめです。
古くから能登の信仰の中心だった氣多本宮を焼き討ちした罪滅ぼしなのか🙄 鬼瓦の梅鉢紋が気になりました🤔
ルートイン七尾駅東から徒歩10分程です。朝食前に参拝させていただきました!
気多大社の本宮と云われているわりには寂れている感じでした。駐車スペースは脇にある幼稚園の送迎で出入りが激しいです。
大己貴神 素戔嗚尊 奇稻田姫命 事代主神 底筒男神 中筒男神 上筒男神 建御名方命延喜式内 論社一説によると、気多大社創建時の勧請元。気多神社が大社になったから気多本宮と名乗った感じだな。拝殿は立派だが、無人の社かと思った。
延喜式に見られる能登生国玉比古神社といわれ、孝元天皇の創祀という。崇神天皇が当社の祭神を分霊し、羽咋郡竹津浦に勧請し気多神社とされた故に、当社を気多本宮と称する。天正年間に前田利家旧社地所口より現在の所口へ遷された。明治5年3月23日県社に列し、同39年12月29日神饌幣帛料供進神社に指定された。大正12年神門及び拝殿を銅葺とし、昭和42年より46年に亘り社殿を大修理した。石川県神社庁HPより御朱印は社務所(道路側の建物)にて書置きを頂きました。
荘厳な雰囲気がお気に入りです。馬神も祀られています。
住まい から 一番近く静かな神社です☆☆☆
崇神天皇の時に羽咋の竹津浦に祭神を分霊し、気多神社が創祀された、それで気多本宮と呼ばれるらしい。2000年の歴史がある。能登国1300年より、700年も前から、ちん座さていた。越後上杉どの戦いで焼失後、小丸山からこの地に移ったが、鵜祭りの羽咋、七尾の謎が解けた。
気多大社の本宮とも言われる神社。延喜式内社の能登生国玉比古神社に比定されております。
名前 |
能登生国玉比古神社 (気多本宮) |
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ジャンル |
/ |
電話番号 |
0767-52-2848 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.1 |
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気多本宮(けたほんぐう)。正式には能登生国玉比古神社(のといくくにたまひこじんじゃ)。式内社(小)、旧社格は県社。資料によると、社伝によれば、祭神・大己貴神が出雲国より所口の地に至り、人々を苦しめていた、湖に棲む毒蛇を退治し、当地に垂迹した。よって当社を本宮と称す。社殿は孝元天皇の御代に創建されたという。崇神天皇の御代に、当社祭神を分霊し、羽咋郡に勧請して気多神社を創建された、よって当社を気多本宮と称するようになったという。とあります。主祭神:大己貴命(おおなむちのみこと)。配祀:須佐之男尊、奇稲田姫命。