能登生国玉比古神社の荘厳な雰囲気。
能登生国玉比古神社の特徴
2000年の歴史を持つ神社で、大己貴命や素盞鳴命などの主祭神が祀られています。
地元民に親しまれる小さくてこじんまりした神社で、御朱印もいただけます。
能登生国玉比古神社(のといくくにたまひこじんじゃ)。石川県七尾市所口町。式内社(小)能登生国玉比古神社論社、旧県社。【祭神】大己貴神 (配祀)素戔嗚尊 奇稻田姫命(合祀)事代主神 底筒男神 中筒男神 上筒男神 建御名方命 多遲摩毛理命資料によると、能登国総鎮守で、上代には能登の大神と仰がれていた。大己貴命を御祭神とする。第8代孝元天皇の治世に創祀されたと伝える。第10代崇神天皇の御代に羽咋の竹津浦に御祭神を分霊し、気多神社(現 氣多大社)が創祀された。それから気多本宮と称するようになった。天正年間(1573年-1593年)に前田利家が旧社地より現在の所口に奉遷。明治5年(1872年)3月23日に県社に列し、明治39年(1906年)12月29日には神饌幣帛料供進神社に指定された。大正12年(1923年)には神門及び拝殿を銅葺とし、昭和42年(1967年)より4年にわたり社殿を大修理した。境内社として、御門神社、稲荷神社、菅原神社、鍛冶祖神社がある。なお、式内社「能登生国玉比古神社」の論社は他に、鹿島郡中能登町の能登生国玉比古神社と能登部神社がある。とあります。
古くから能登の信仰の中心だった氣多本宮を焼き討ちした罪滅ぼしなのか🙄 鬼瓦の梅鉢紋が気になりました🤔
ナビだよりで目的地に向かう途中に 木々に囲まれた神社があり 参らせていただきました。気持ちの落ち着く場所ですね。観光がメインの旅先では無く時間おわれていた中でちょっと得した気分になれました。駐車場も台数停めれます。
ルートイン七尾駅東から徒歩10分程です。朝食前に参拝させていただきました!
大己貴神 素戔嗚尊 奇稻田姫命 事代主神 底筒男神 中筒男神 上筒男神 建御名方命延喜式内 論社一説によると、気多大社創建時の勧請元。気多神社が大社になったから気多本宮と名乗った感じだな。拝殿は立派だが、無人の社かと思った。
延喜式に見られる能登生国玉比古神社といわれ、孝元天皇の創祀という。崇神天皇が当社の祭神を分霊し、羽咋郡竹津浦に勧請し気多神社とされた故に、当社を気多本宮と称する。天正年間に前田利家旧社地所口より現在の所口へ遷された。明治5年3月23日県社に列し、同39年12月29日神饌幣帛料供進神社に指定された。大正12年神門及び拝殿を銅葺とし、昭和42年より46年に亘り社殿を大修理した。石川県神社庁HPより御朱印は社務所(道路側の建物)にて書置きを頂きました。
能登一宮の気多大社に、まさかの「本宮」が存在するとは!?····安部龍太郎の小説「銀嶺のかなた」を読むまでは全く知りませんでした。しかもこちらの神社、これまでに何度か前を通っています。改めて訪れてみて、なるほど鳥居をよくよく見ると「氣多本宮」とありますね。別名扱い?の為、あまり知られてないんでしょうかね。前田利家公とも色々とあった神社ですが、今では参詣者もあまりなく、往時の勢力は想像し難しくなっています。
気多大社の本宮と云われているわりには寂れている感じでした。駐車スペースは脇にある幼稚園の送迎で出入りが激しいです。
荘厳な雰囲気がお気に入りです。馬神も祀られています。
| 名前 |
能登生国玉比古神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0767-52-2848 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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[のといくくにたまひこじんじゃ]と読む。七尾駅の裏手のあたりだが、幹線道路に面していないので見つけにくい。Google mapsに従うと、駐車場の位置もわかりにくいかも。孝元天皇の創祀という。境内には石橋があったりするが、少し寂れた感が否めない。御祭神は、大己貴神、素戔嗚尊、奇稻田姫命、事代主神、底筒男神、中筒男神、上筒男神、建御名方命。