七尾の藤澤清造と西村賢太、文学の霊場。
西光寺の特徴
明治の小説家、藤澤清造の墓が並ぶ浄土宗寺院です。
西村賢太の生前墓もあり、文学的な歴史が感じられます。
山門をくぐると本堂へと続く静寂で落ち着いた空間が広がっています。
2023.11.12来訪。奥能登国際芸術祭から自宅への帰路の途中に立ち寄る。この寺で眠る西村賢太の墓参りのためにである。2022年2月5日の夜、乗っていたタクシーの車内にて意識を失い、心疾患を原因として逝去。享年54歳。本人の墓の隣で眠る師匠である藤澤清造は1月29日の未明に芝公園で凍死している。季節も畳の上ではない無頼な死に様も師匠に違わずアッパレな最期である。本人が愛飲していたタカラの焼酎を墓前に供える。歿後弟子として隣の師匠と一緒にあの世でも呑んだくれていてほしい。午後の空に日差しはなく、墓石には冷たい雨が降りそそぐ。西村賢太が嫌った富山湾は本人が描くとおり見渡す限り灰色だった。
知人に頼まれお墓に行ってきた。浄土宗のお寺である。小丸山公園の小高いとこから見える場所だ。
明治の小説家、藤澤清造と彼を師と仰ぐ西村賢太の墓が並ぶ。
浄土宗のお寺。お寺の裏は小丸山公園。
山門をくぐって本堂に対面すると、左手に七尾で生まれた大正期の破滅型作家・藤澤清造の墓碑と藤澤に傾倒し没後弟子を自認する西村賢太の生前墓が並んで立っています。西村が生前墓を建立するに至った経緯についてはそのエッセーに詳しく書かれています。寺の現住職もエッセーにたびたび登場しますが、サービス精神の多い西村のこと、やや癖の強い人物としてカリカチュアライズされているのがご愛敬です。西村は月に一度、掃苔に訪れているとのこと。運が良ければ境内で会えるかも。
| 名前 |
西光寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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(下記に西村賢太墓修復の記事追加)★2024年4月15日(月曜)、9時30分初訪。地震の影響で墓石やお堂には大きなダメージが。西村賢太さんのお墓にもブルーシートが被せてあり、土台だけになっています。近くに高僧さんが居らしたので、お寺再建の協力をさせていただきました。ありがとうございました。★2024年8月12日、西村賢太さんのお墓が修復されたとの通知が西光寺から届きました!(ハガキの写真あり)