羽咋七塚の姫塚、歴史の息吹。
三足比咩命の特徴
歴史的価値が高い羽咋七塚の一部です。
石川県羽咋市川原町に位置する史跡です。
古の神が宿る神社として知られています。
【羽咋七塚の一つで姫塚と言われています】塚と呼ばれるような感じがしないのは明治の時代に羽咋駅が作られた時にこの場所に移されたためなのでしょうか?姫塚の説明板も読みやすくして欲しい。姫塚もとの姫塚はここよりも少し東方にありました。古い記録には石衝別命の妃の三足比咩命の墓で、直径20mほどの中型円墳であったが寛文年間(1661~1672年)に周りの堀を埋め、頂上に、妃を祀る三俵刈社を建てたと書かれています。それが、明治31年(1898年)の七尾線開通工事で移転し、明治42年に羽咋神社に合祀されました。この時、泰澄大師が作られたと伝える石像は、羽咋弥公の墓に移されたといわれています。※観光ボランティアガイド 歴史ロマン「こんちま羽咋」マップより※石衝別命は磐衝別命とも記載されています。
石川県羽咋市川原町にある史跡です。羽咋には磐衝別命にゆかりのある七つの古墳が残されています。これらは羽咋七塚と呼ばれており、羽咋の神話とともに大切にされています。磐衝別命の妻・三足比咩命(ミタラシヒメノミコト)のお墓と言われています。本来はこの場所よりも東にありましたが、七尾線開通工事の際に移転されました。
羽咋七塚の一。元々は直径約20mの円墳で、現在地の東に在りましたが、七尾線開通に伴い現在地へ移転されています。
| 名前 |
三足比咩命 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
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羽咋七塚の一つ「姫塚」。以前は駅の東側にあった直径約20mの円墳(磐衝別命の妻・三足比咩命(みたらしひめのみこと)の墓)から移転。地震のせいか、石碑が傾いていた。