多賀城廃寺跡で歴史を感じる。
多賀城廃寺跡の特徴
多賀城廃寺跡は国府多賀城駅から近く、静かな住宅地に位置しています。
かつての壮大な伽藍の跡を想像させる、歴史ある寺院の遺跡です。
桜の季節には、皆で花見を楽しむことができる趣あるスポットです。
国府多賀城駅近く。跡地なので、現在はほぼ何も無いが、ゆっくり出来る。近隣の東北歴史博物館とセットで訪れるとよい。
多賀城は奈良時代に陸奥国の国府として造影され、それ以降中世まで国府が置かれた遺跡です。多賀城廃寺跡は、古代文献には何ら記録はありませんが、史跡指定にあたってこれを多賀城の付属寺院であるとみなして多賀城跡に附指定されたものです。
多賀城とほぼ同時期に創建された寺跡。寺の名前は不明。発掘調査により土器が多く発見された。
公園としても史跡としても、ちょっと中途半端な整備状況です。隣接する多賀神社や多賀城政庁との関係など、もっと説明するものがあればいいのにと思います。ただ、中途半端なだけに、知名度がそれほど高くない分、安らぎの場としては非常に良いかも。駐車スペースが数台分しかないので、JR東北本線国府多賀城駅で下車して、徒歩でお越しになるのが良いでしょう。東北歴史博物館を見た後に、ぶらぶらするのをお薦めします。
かつてはここに壮大な伽藍が建ち並んでいたのかと思うとなんとも言えん気持ちになります。
普段から人が少なくて静か。心が穏やかになれます。数日ぶりに見てみると、木が折れていました。観光や散歩等で人がいたら…と考えると恐ろしい。周辺の木も調べて安全を確認して欲しいです。後日、木が伐採されてきれいに片付いていました!
2021年8月24日に見学しました。神亀元年724年に大野東人が、陸奥国の国府として多賀城を創建したとされています。多賀城と時期を同じくして、この寺院も完成したと思われます。陸前山王駅近くの山王遺跡から「観音寺」と書かれた土器が発見されました。そのことから、多賀城廃寺の寺名は、観音寺だったのではないかと考えられています。寺院の伽藍配置は、太宰府の観世音寺と瓜二つです。
住宅地の中の公園。本体の多賀城跡と違って観光客はゼロ。想像力を働かせて楽しむには、相当の事前知識が必要です。
多賀城跡と併せて特別史跡に指定された付属寺院跡。三重塔と金堂が向かい合うように東西に配置され、北側に講堂があったと推定されており、この伽藍配置は福岡県太宰府の観世音寺と似ているということです。多賀城廃寺跡は文献史料上では存在が確認されていないようですが、多賀城跡の創建瓦や9世紀後半の瓦と同笵のものが出土したことなどから、多賀城と同じ変遷であったと解釈されているようです。多賀城跡とは線路を挟んで反対側に位置しているので移動が大変ですが、遺構表示も同様に整備されているので訪れてみるのも良いと思います。お隣の東北歴史博物館にも少しく解説があります。写真撮影月 令和3年1月9日。
| 名前 |
多賀城廃寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
022-368-1141 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.tagajo.miyagi.jp/bunkazai/shiseki/bunkazai/shitebunkazai/kunishite/terato.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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歴史跡の広い公園ですね。少し寂しい感じもしますが史跡を感じれますしいいですね。