栗本城の謎を解こう!
栗本城跡の特徴
案内板の裏には栗本城の遺構全体図が掲示されています。
津島勘助の歴史的背景が伝わる場所です。
城主としての伝承が残されている史跡です。
案内板の裏に栗本城の遺構全体図があります。この城跡のある丘陵には他に扇城、ナリカド城があるそうです。扇城は出土遺物から栗本城と一連の城郭とも考えられているようです。この3城とも高知県文化財地図情報システムに掲載されていますので、興味のある方は是非見てみて下さい。そのサイトによると遺構については、詰以下5つの郭、堀切5条等が残存していたが、現在はそのほとんどが消滅と書いてあります。ここに行くなら他の城跡と併せて見て回るべきだと思います。
城主として津島勘助などのいわれがあるが定かではないそう。四万十川を挟んで中村城と対峙する位置にあります。現在は水道施設になり、案内板のみです。
| 名前 |
栗本城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2024年7月、初訪問。戦国時代マニアの私。せっかく中村に来たからには公家大名 土佐一條氏ゆかりの地、特に某歴史シュミレーションゲームでは屈指の無能大名として名高い4代目当主 兼定さんの軌跡を追いたいと思い、中村御所跡や渡川古戦場跡などと共にこちらの城跡も訪れました。1575年、渡川の戦いで宿敵 長曽我部元親さんに対すべく兼定さんの軍勢が本拠地としたのがここ栗本城ですね。まったくもって観光地化されていません。城跡への案内標識なんかも皆無です。Googleマップさんだけが頼りです。Googleマップさんがなければたどり着けないと言っても過言ではないでしょう。レンタカーで行きました。対向車が来たらどうしよう!?と不安になるような狭い路地を曲がりくねった先にこれまた狭い登山道が出てきます。不安を覚えながら進みます。「中村駅からレンタサイクルで」などと考えていたらかなりしんどかっただろうなと思います。舗装はされているものの、案内標識もないし、あまり人が通ってないのか枯葉が積もった登山道。行ったところで何があるのか?と思いながらもここまで来て引き返すわけにはいかないのでとにかく進みます。登山道の終点は四万十市の水道施設になっており、そこが城跡でもあります。栗本城の説明板もありました。表には城の概要説明。裏には見方がよくわからない地図が描かれています。周囲を見渡すと平たい部分があって「ここが本丸だったのかなぁ」とか思ったり、土塁のような盛り土の部分があったりしてそれなりに城跡の雰囲気が残っています。戦国好きの人でもかなりマニアックな人でないと知る由もない城跡ですが、知る人からすればなかなか感慨深い場所です。一條兼定さん、土佐物語や某歴史シュミレーションゲームでは超暗愚な設定だけど、中村を追放されてからもこの城に3000人も兵を集められたんだからそこまで能力低くなかったんじゃないの?とか。