高知城の天守閣から城下を一望!
高知城天守の特徴
現存天守12城の一つで高知の歴史が学べます。
豪華な6層構造の天守閣からの眺めが素晴らしいです。
高知市内を一望できる絶好の景勝地となっています。
現存十二天守の一つであり高知城の象徴であるが全国で唯一の本丸御殿と一体となっている珍しい様式内部は高知城に関する展示があり最上階からは城や高知市内を一望でき素晴らしい眺望だった高知城内では唯一入場料が発生し混み合っているが高知に来たなら必ず訪れたい場所。
高知城の天守は、城の象徴であるとともに、全国にわずか十二しか残っていない江戸時代以前から現存する天守の一つとして、非常に高い歴史的価値を持つ建物です。高知城の天守は、土佐藩主山内一豊によって慶長年間に建てられましたが、一度火災で焼失しました。現在見られる天守は、宝暦年間に忠実に再建されたものであり、その構造や意匠は当時のまま残されているため、国の重要文化財に指定されています。建築的には、四重六階という構造を持ち、複合式と呼ばれる形式が採用されています。これは、天守本体に付櫓(つけやぐら)と呼ばれる小さな櫓が接続されている構造で、防御力を高めています。外観には、美しい唐破風(からはふ)や千鳥破風(ちどりはふ)といった装飾的な屋根の切り込みが施されており、力強さの中に優美さを兼ね備えています。内部に入ると、最大の特色の一つである非常に急な階段が各階を結んでいます。この急な階段は、有事の際に敵が容易に上階へ侵入するのを防ぐための、実戦を想定した防御的な仕掛けです。最上階には、周囲を巡ることができる廻縁(まわりえん)が設けられており、ここからはかつての城下町や現在の高知市街地、そして遠くの山々や海までを三百六十度見渡すことが可能です。天守は、藩主の権威を象徴するとともに、領地全体を監視する最終的な軍事司令塔の役割を果たしていました。この天守が、現存する唯一の本丸御殿である懐徳館と並んで建っていることが、高知城の他の城にはない最も特別な点です。天守と御殿の組み合わせから、当時の藩主の生活と防衛の全てが、この本丸という限られた空間に凝縮されていたことを知ることができます。
言わずと知れた現存12天守のうちの一つで、国の重要文化財に指定されています。創建時のものは享保12年(1727年)に焼失してしまい、現存の天守は延享4年(1747年)に再建されたものなので、他の国宝天守とは違い重文指定ですが、非常に貴重な文化財であることは間違いありません。最上階からの高知市内の眺めは素晴らしく、まさに藩主になった気分にさせてくれました。
古いお城の天守閣なので、階段も急です。ただ、最上階から見下ろす景色は登った達成感もあってとても良いです。
天守に入るのは有料です。戦いに使った狭間などみられます。
高知の文化・歴史を知れます。また天守閣からの見晴らしは最高ですよ。!
現存天守十二城の一つです。外観4重(内部3層6階)の望楼天守で、最上階には廻縁高欄が設けてられています。もちろん廻縁の設置には、家康公の許可を取ったとのことです。
現在の天守は創建当初のものではなく、1727(享保12)年には城下町で火災が発生し、高知城も追手門以外のほぼ全ての建物を失ってしまいました。現存する建物の多くは、1753(宝暦3)年までに再建されたものです。明治はじめの廃城令や、太平洋戦争での高知大空襲からも奇跡的に免れ、現存する15棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。土佐藩の藩主は、一豊からはじまり最後の藩主・豊範(とよのり)まで、山内家16代が務めました。城内の鬼瓦や軒丸瓦には、山内家の家紋「丸三葉柏紋(まるにみつばかしわもん)」が残されており、天守の形式は、山内一豊の創建当初のものをそのまま踏襲しています。
数十年ぶりに天守閣に!殿様気分になれた(笑)お城や城下町のミニチュアが複数。長寿手帳(カード)があれば無料なので足腰が達者なうちに来れて良かった!毎日天守閣の扉や窓の開け閉をしてる管理者が、鷹城ファンには羨ましい!!(笑)
| 名前 |
高知城天守 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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天守閣入れて良かった~🌞夕方やからか人も少なめでゆっくり見れました🏯12月26日~1月1日まで休館です⚠️