内助の功を銅像で感じる。
山内一豊の妻の銅像の特徴
山内一豊公の正室・千代の銅像が見どころです。
銅像の足元には俳句ポストが設置されています。
女性像でありながら、迫力を感じる作品となっています。
高知城三ノ丸北東側の杉の段に建つ「山内一豊の妻・千代の銅像」は、土佐藩初代藩主・山内一豊を陰で支えた賢妻・千代を顕彰する銅像です。1965年(昭和40年)、高知商工会議所婦人会(現・高知商工会議所女性会)が「高知の女性の象徴」として建立したもので、以来、多くの市民や観光客に親しまれ、高知城を代表する記念碑の一つとなっています。像は、千代が嫁入りの持参金である黄金十両を差し出し、一豊に名馬を買わせたという有名な「内助の功」の逸話をもとに、馬の手綱を優しく引く姿で表現されています。この名馬が織田信長の「馬揃え」で注目を集め、一豊の出世につながったという話は、江戸時代の逸話集『常山紀談』によって広く知られるようになりました。また、関ヶ原の戦いの直前には、石田三成から届いた西軍への誘いの書状を開封せずに徳川家康へ届けるよう一豊に助言したという逸話も伝えられています。真偽については諸説ありますが、千代の聡明さと先見性を象徴する物語として語り継がれています。現在も高知商工会議所女性会では、春の観光シーズンを前に毎年銅像の清掃活動を続けており、市民の手によって大切に守られています。一豊公騎馬像とは離れた場所にありますが、高知城を訪れた際にはぜひ足を延ばし、戦国時代を代表する名夫婦の物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
一豊の妻である千代が夫のために自らの持参金で名馬を購入したという逸話にちなみ、「馬を曳く姿」で表現されている銅像です。この「妻が馬を買った」という話は、夫を出世させる賢内助の象徴として知られます。
☆山内一豊の妻☆ポイント:銅像になるほど方山内一豊には良き妻が居たという事実。どの時代でも名将には良妻が居るのですね。
嫁いだ時に実家から密かに持参したお金で名馬を買い、織田信長の目に留まって出世のきっかけとなった「内助の功」の逸話を銅像にしたもの。
高知城の追手門から天守に向かう途中、杉の段と呼ばれる広場に、馬の横に佇む着物姿の女性の銅像があります。これが山内一豊の妻の銅像です。名前は千代、あるいはまつとも呼ばれ、内助の功の代名詞として知られる女性です。この銅像は、夫である一豊のために妻がへそくりをはたいて名馬を購入したという、非常に有名な逸話をモチーフにしています。戦国時代、まだ身分の低かった一豊が、織田信長の馬揃え(軍事パレード)に参加する際、立派な馬が買えずに困っていました。それを見かねた妻は、嫁入りの時に実家から持たされた大切な黄金(十両)を惜しげもなく差し出し、素晴らしい名馬を買わせました。その馬が信長の目に留まり、一豊が出世する大きなきっかけとなったという物語です。銅像の姿は、まさにその名馬の手綱を妻が引いている様子を表現しており、夫を陰ながら、しかし力強く支える賢い妻の姿を象徴しています。台座の題字は、高知県出身の元内閣総理大臣である吉田茂が揮毫したもので、昭和40年に高知の女性たちによって建立されました。また、彼女にはもう一つ有名なエピソードがあります。関ヶ原の戦いの直前、江戸にいる夫に対して、笠の緒(ひも)の中に密書を隠して送り、徳川家康に味方するよう助言したというものです。この機転のおかげで山内家は土佐一国を拝領することになったと言われています。NHKの大河ドラマ「功名が辻」の主人公としても描かれた彼女は、良妻賢母の鑑として地元の人々に愛され続けています。すぐ近くにある板垣退助像や、追手門の外にある一豊本人の騎馬像とあわせて、高知城の歴史を語る上で欠かせない重要なスポットです。
昭和40年(1965年)に建てられた、山内一豊公の妻見性院の銅像です。有名な名馬の逸話にあやかり馬を引いていました。
資金が乏しく馬が買えず嘆いていた一豊に持参金の10両を手渡し名馬を買った、という有名なエピソードをもとに制作された像。どうせなら夫婦仲良く一豊像の近くに建てて欲しかったですね。
山内一豊の妻千代と馬の像。美濃国出身とも言われる。嫁いだ時に持参した金で名馬を買い、それが一豊の出世の機会になったとか…
土佐藩初代藩主の山内一豊公の正室『千代像』と『十両の馬』です。『内助の功』のシンボル的な嫁ハンです。きょうび『内助の功』って言う言葉が、どう評価されるか分かりませんが...十両の馬のエピソードは、司馬遼太郎の『功名が辻』に描かれていますね。しかし、ここの千代像は恰幅が良いね。肝っ玉かーちゃんって感じ。
| 名前 |
山内一豊の妻の銅像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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「高知市:山内一豊の妻の銅像」2026年7月のバイクツーリングで立ち寄りました。高知城の内堀を越え、杉の段と呼ばれる広場へ進むと、1頭の馬を従えて優しく佇む女性の姿が目に飛び込んできます。これが、土佐藩初代藩主・山内一豊の功績を日陰から支え続けた賢妻・千代(見性院)の銅像です。千代といえば、嫁入りの持参金である「十両」を差し出して夫に駿馬を買わせ、織田信長の目を引く出世の足がかりを作った「内助の功」の逸話で広く知られています。この美しい銅像は、戦国大名へのぼりつめた夫婦の強い絆の象徴として、1965年に高知の婦人会の寄付によって建立されました。激動の戦国時代を機転と聡明さで生き抜き、夫を初代土佐藩主にまで押し上げた彼女の知恵は、今も高知の地で語り継がれています。