8世紀の歴史を感じる場所。
三井四国八十八ヶ所霊場 二期筑後国庁跡の特徴
ここは筑後国庁跡、歴史深い仏教寺院です。
8世紀から10世紀にかけての国の中心地です。
静かな環境で歴史を感じることができます。
ここは、8世紀中頃から10世紀中頃まで筑後国の国庁があったところです。それまでは、ここより西側の高良川よりの場所に7世紀末から8世紀中頃まで国庁がありここを1期国庁とし、この場所を2期国庁といいます。南北75m、東西67.5mを築地塀で囲まれ、内部には瓦を敷いた礎石建物が建ち並んでいました。建物の配置は、中央北辺に正殿、正殿の前面に前殿、その東西に脇殿を配置したものでした。2期国庁は、941年におきた藤原純友の乱で消失したと考えられています。またここは、三井四国八十八箇所のお堂にもなっています。おどうには、阿弥陀如来が祀られています。隣にある石の祠の中には大きな石が祀られています。これは国庁の建物の礎石だと考えられています。お堂の前の古木の周りには、今も国庁当時の瓦がのこっています。
| 名前 |
三井四国八十八ヶ所霊場 二期筑後国庁跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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なるほど!筑後国国庁後で今は三井四国八十八ヶ所霊場なのか!長年の謎が解けました!以前というか昔ここのお堂?の道を挟んだ借家に住んでました。今から50〜40年程前です。その頃は正面向かって左側に小さな小屋がありお婆さんが独り住んでいて、団扇太鼓?を叩いてお地蔵さんを拝んでいました。何故か年1〜2回程丸ボーロとかのお菓子を配ってました。確か雷で幹が大きく裂けた大木で、よく登ってセミ取りしましたが怒られる事無かったですが周りのお地蔵さんの裏には近寄らせなかったな。瓦と墓石みたいなのが沢山あった気がします。中学生の頃お婆さんは亡くなってしまい小屋は閉鎖されてましたね。私達家族もその後引越しして今は福岡市在住ですが、4〜5年前に生まれ故郷が気になり夏のお盆に独り十三部のバス停からブラッと歩いてみました。新しく道が通ると風の噂に聞いてましたが、僕らが住んでた借家も大家さん家も近所の家々幼馴染の家も田圃も更地になってビックリです!!アパートやマンションが増えてましたが、この大きな木とお地蔵さん達はいつ迄もそのまま佇んでいて欲しいですね。