少弐景資公の墓で歴史に触れる。
少弐景資公墓所の特徴
文永の役や弘安の役で活躍した九州御家人の歴史が学べる場所です。
階段の上にある五輪塔が少弐景資公の墓として訪れる価値があります。
歴史を感じさせる静かな雰囲気が魅力的な墓所です。
文永の役、弘安の役における九州御家人の総大将格として活躍。その後、霜月騒動と連動して安達一族とともに粛清されます。蒙古襲来絵詞に描かれた涼やかな表情が印象的な美丈夫ですね。
大変勉強になりました。
この階段の上にある五輪塔が少弐景資公の墓です。ここから少し登ったところに岩門城があります。少弐景資公は、元寇に際して文永の役、弘安の役、両方の合戦で大将軍として九州御家人の指揮にあたりました。父の資能の死後、兄の経資との間で家督争いが起き、居城の岩門城で敗死します。
救国の将とも言える人物が、地元の人間でも知らないような場所にひっそりと葬られているなんて。世の流れとは分からないものですね。「高須神社・岩門城址」の看板に従い、田んぼを抜け、集落に入った後、道幅や「この先、行き止まり」に臆さず、突き当たってください。
文永の役、弘安の役における九州御家人の総大将格として活躍。その後、霜月騒動の際に安達一族とともに粛清されます。竹崎季長の蒙古襲来絵詞に描かれた涼やかな表情が印象的です。
| 名前 |
少弐景資公墓所 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
鎌倉時代後期に壱岐・対馬をはじめ九州北部を襲撃した2度の蒙古襲来時の日本軍総大将を務めた少弐景資の墓所です。同じく蒙古襲来時に活躍した竹崎季長が描かせた蒙古襲来絵詞には一際、顔を白くし目立たせて描かせたと言われる人物が2人います。それが少弐景資と安達泰盛です。少弐景資は季長から一番駆けの役目を申し出られた際、快く申し出を引き受けそれを見送る場面が絵詞に描かれています。安達泰盛は当時、鎌倉幕府の恩賞の差配を司る御恩奉行を務めており、一番駆けの功を認めてもらおうという季長からの申し出を受け恩賞を与えます。この恩から2人の顔を目立たせて描かせたと言われています。