天保2年の歴史、山崎橋の魅力。
山崎橋の特徴
周辺地域の人達が利用する石橋です、観光地ではない魅力があります。
通潤橋に似た独特な造りが特徴、歴史を感じる場所です。
路肩に駐車場有り、アクセスも便利で訪れやすいです。
山崎橋は、豊野町山崎に所在している眼鏡橋で、天保2年(1831年)に中山手永(現在の宇城市豊野町と美里町の一部に相当)の総庄屋であった小山喜十郎の発案で架けられました。石工は、山崎在住の茂左衛門、彦左衛門です。架橋当時は、駄渡川目鑑橋(うまわたしがわめがねばし)と呼ばれていました。洪水による水の浮力が石積アーチに影響しないように、水流の大半を低地である右岸へ流したり、鞘石垣(注)を設け橋梁本体の強化を行うなど、洪水対策の工夫が施されています。また、慶応2年(1866年)に手摺(てすり)が設置されており、その際に架橋事業にあたった人物名と、「車一切通遍加良須」(車いっさい通るべからず)と記された石碑が建立されています。法量形状 : 石造アーチ橋(眼鏡橋)規模 : 橋長約26メートル橋幅:約3メートル径間(けいかん)約13メートル 拱矢(きょうし:基礎から要石の下側までの距離)約4メートル(注)鞘石垣(さやいしがき)・・・・石垣を支えるために、両岸の橋台部に付けられている裾広がりの石垣のこと。通潤橋や熊本城の石垣にも見られる手法で、壁石を横から支える突っ張り棒の役割を担っています。
【月 日】2020年9月26日【駐車場】有り(路肩)【トイレ】無し🔷宇城市豊野町の山崎橋に寄りました。近くの国道を通る度に気になっていた石橋なので今回寄ってみました。🔷まだ作りもしっかりしていて石橋は草も生えてなくて綺麗でした。
山崎橋というともう1つ下流にある生活道として車もよく通る方が知られていますがこちらは周辺地域の人達にだけ使われている石橋。大昔から今でも立派に役立っている貴重な建造物です。
義父が通潤橋みたいなつくりが見てみたい。と言われてちょうど近くを通ったので寄ってみました。昔の石積の上に補修してありますがなんとも趣があります。Googleマップでは狭い道を案内しますが大きい通りの方から行ってください。1台位は停めれます。10分位みて、下の川の魚を見て…ってかんじですが昔の人のすごさをかんじられます。
| 名前 |
山崎橋 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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観光地化されていない橋ですがとても好きでした。周りの風景にとけこむ佇まい。今も生活に使われている存在。大きすぎないサイズ感。100点です。