1352年の由緒ある天台宗。
光照寺跡 阿蘇西国三十三ヵ所観音霊場 第二十七番札所の特徴
1352年に開基された歴史ある寺院です。
阿蘇大宮司の娘賢可比丘尼の由緒ある場所です。
天台宗の伝統と静けさを感じられるスポットです。
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阿蘇西国三十三ヶ所観音霊場 第二十七番札所。
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| 名前 |
光照寺跡 阿蘇西国三十三ヵ所観音霊場 第二十七番札所 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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1352年、阿蘇大宮司の娘賢可比丘尼によって開基されたという由緒の、天台宗の寺院でした。当時の大宮司は前年に惟時より譲られた孫の丞丸(元服して惟村、北朝方)ですが、まさか幼名で職を譲られた丞丸の娘では無いでしょうから、おそらくは前大宮司惟時の娘と考えられます。惟時の娘は1360年に南朝方大宮司に補任された恵良惟澄に嫁いだ方(惟村の母)が知られるのみですが、系図上、1352年以降にも子供を生んでいると考えないと計算が合わないので、他にも娘がいたのかも知れません。光照寺は二本木にあった大宮司館の跡に建てられたと言われています。実際に遺跡からは寺の遺跡の下から、館跡と考えられる遺構が出土しています。場所が場所なのでたびたび戦乱に巻き込まれた寺院ですが、戦国時代には当時の大宮司・阿蘇惟豊から祠堂を建立されています。阿蘇一族の重要な寺院であったと考えられるのではないでしょうか。