高知最古の神社、時を超えた聖地。
高知座神社の特徴
崇神天皇の御代に創建された歴史ある神社です。
高知県最古級の神社として多くの信者に親しまれています。
天韓襲命が創建した重要な文化財の一つです。
崇神天皇の御代、波多國の国造であった天韓襲命が創建した高知県最古級の神社。延喜式で主祭神が明らかにされておらず蘇我氏の祖である葛城襲津彦が本当の主祭神ではないかとする説があるロマン溢れる地。
昔ながらの神社。高知県保護有形文化財。
| 名前 |
高知座神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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高知座神社(たかちにますじんじゃ)。高知県宿毛市平田町戸内。式内社(小)、旧郷社。【祭神】都味齒八重事代主神 (配祀)大国主神 素盞嗚神【関係氏族】波多国造資料によると、高さは50mほどの小さな山だが、周囲は河口の平地で、遠目にもよく目立つ、こんもりとした神奈備山である高知山に鎮座。高知市一宮の土佐神社、朝倉神社、南国市の朝峯神社とともに、往古の神奈備の森を伝えているともされる。社伝によれば、第10代崇神天皇の御代、波多国造天韓襲命が当地に着任した頃の創祀だという。当社境内より、多くの石器・須恵器・土師器が検出され、いずれも大和朝より平安時代初期に至る年代を示している。また、当社西方500mほどの地、今日姿を失った曾我山古墳の主は、波多国造とも考証されており、当社と深いつながりがあるという。現在も本殿の下には磐坐があり、太鼓の御神体を保存しているという。幡多郡では黒潮町入野の加茂神社、土佐清水市下ノ加江の伊豆田神社とともに幡多三古社の一つ。社名の「高知」は「たかち」と読み、『式内社調査報告』では、川が巡る地として、地形からの呼称と指摘している。しかし、当社は大和国高市郡鎮座の高市御縣坐鴨事代主神社と同神であり、高市郡には、当郡の名である幡多と同じ、波多神社などもあり、関連も指摘されている。高知は、土佐神社をはじめ、鴨系氏族と関連の強い古社が多いことで知られる。当社の御祭神は都味歯八重事代主神。右殿に大国主尊、左殿に素盞嗚尊を祀る。平安時代初めには社領21町歩と記録され、鎌倉時代前期の元久2年(1205年)には社殿が修理されたという。中世以降は、高持者大明神、高持者社、高地之大明神などとも称された。本殿は、明治42年(1909年)11月と昭和12年(1937年)11月にも修復されたが、老朽化や白蟻の被害も多く、昭和52年(1977年)10月23日に、本殿・幣殿が修復された。境内社に、聖・皇太子・曽我・天満他の合殿社や、柴折・仁井田・大船・飛龍・覃鳥の合殿社がある。昭和26年(1951年)から近隣の神社を合祀したことによる。とあります。