高天神城の歴史が息づく山。
名将岡部丹波守元信の最後の地です。鳴海城城主の山口教継親子が織田家から今川家に寝返ったものの結局粛清された後、岡部丹波守元信が駿河から新たに城主として送りこまれました。岡部丹波守元信は忠勇溢れるだけでなく、当時の海運事業にも通じた名将・名臣で、鳴海城の城主にうってつけの人物でした。桶狭間の戦いの後に勢いに乗る織田信長が戦場等付近一帯の掃討作戦の一環として、鳴海城の開城・退去を求められた際には、今川義元の首級を代替に要求するなど豪胆にして忠義に厚いところを見せています。武田家に仕えた後は、同じく海を睨む要衝高天神城を任されますが、最後は討たれてしまいました。もっと評価されるべき人物でしょう。
名前 |
鶴翁山 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
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高天神城を成立せしめた天然の要害と言って良い山。四方とも斜度の高い崖に囲まれており弱点という弱点が見当たらない。高さはさほどないため、ハイキングコースとしては物足りなさも感じるかもしれないが甚五郎抜け道(犬戻り猿戻り)側に向かえば軽い縦走コースも楽しめる。