信長公の菩提寺、冬の特別公開。
総見院の特徴
豊臣秀吉が創建した歴史的な寺院です。
織田信長公のお墓を拝見できる貴重な場所です。
冬の特別公開中に、ガイドツアーで歴史を学べます。
通常非公開の寺院です。令和7年秋の特別公開で拝観しました😆重要文化財の織田信長の木像があります!写真で見たことありましたが、オリジナルは作らせた羽柴秀吉も絶賛したほどの出来映えと言うだけあって、ものすごいインパクトがありました!見る位置を変えるとまるで生きているようにも見えます😆創建時は大きな寺院でしたが、明治の廃仏毀釈で門と鐘楼を残してほとんど取り壊されてしまいました…😅信長の木像は大徳寺に移され奇跡的に破壊を免れたそうです。良かった♪令和7年11月参拝🙏
令和5年 2月5日 真冬の京都旅総見院冬の特別公開で訪れました。要所要所で説明の方が居て分かりやすかったです。明治時代の廃仏毀釈によって伽藍や宝物が失われてしまったようです。
大徳寺の塔頭の一つ。特別公開されていたので行ってきました。教科書にも載っている織田信長公の木像やお墓など、信長公にまつわるお寺。時間によっては丁寧な説明もしていただけます。
信長一族の墓がずらりと列んでいます。オオット徳姫の墓もありました。大徳寺で葬儀1年後此処に葬られたそうです!もっとも遺体はなく木造だったそうでその木造を運んだ輿もありました。歴史的価値のあるお寺さんです。一度は来たい所です!
特別公開で伺いました。織田家の方々のお墓があります。織田信長公の死後に豊臣秀吉が作らせたという木像は迫力があります。実寸大で身長はおよそ160cmだそうです。もっと大きく見えました。スタッフの方に丁寧に解説していただけます。
京の冬の旅で訪れました。豊臣秀吉が、織田信長の菩提を弔うために建立した、大徳寺の塔頭寺院です。千利休の師にあたる古渓宗陳を開祖としています。本堂の織田信長坐像、境内にある3つの茶室、織田家の墓所、加藤清正が朝鮮から持ち帰った石を井筒とした掘り抜き井戸、樹齢400年の侘助など見処は盛り沢山でした。
23年2月22 日、「京の冬の旅」に訪れました。通常非公開の「大徳寺」塔頭寺院です。豊臣秀吉が織田信長の菩提を弔うために建立しました。本堂には信長の一周忌に合わせて香木(沈香)で作られた「織田信長坐像」(重要文化財)、信長の肖像画がありました。本堂の裏側には3つの茶室があります。墓所には織田信長一族の墓碑が並んでいました。その向こうに雪を冠した比叡山が見えました。「掘り抜き井戸」や、日本最古の「胡蝶侘助椿」なども拝観できます。『総見院』の塀の外にある立派な鐘楼は、『総見院』の鐘楼だと知ってびっくりしました。
総見院は、豊臣秀吉が織田信長の菩提寺として創建したそうです。香木で作られたという織田信長公の像があります。暗くてはっきりとは見えなかったのですが、迫力がありました。重要文化財だそうです。お寺の方が色々と説明して下さいます。回廊にはこの像を乗せたという輿が安置(?)されています。境内には信長公はじめ一族のお墓がありました。正室の濃姫のお墓も。ずらりと並んでいるので「おお!」と思います。
総見院は豊臣秀吉公が主君織田信長公の菩提を弔うために本能寺の変の翌年天正11年(1583)建立した大徳寺の塔頭寺院です。ここには信長の墓のほかその正室濃姫 (帰蝶)や息子たち織田一族の墓石が並んでいます。正室濃姫には五輪塔の墓石が許されていますが、側室には与えられていません。当時、いかに正室の力が強かったかを物語っています。
| 名前 |
総見院 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
075-492-2630 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 10:00~16:00 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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本能寺の変後に行われた織田信長の葬儀。死後100日経過していましたが、秀吉の地位をより強固にする目的があったと伝わります。後の賤ケ岳の戦いで覇権を争うことになる柴田勝家は葬儀に不参加。警護に当たった弟の秀長とともに、豊臣家の目論見が見え隠れします。塔頭の多い大徳寺ですが、総見院は格別。日本最古とも言われる椿も見ておきましょう。