島津家のお墓群、神秘的な静寂。
鹿児島島津家墓所 (玉龍山福昌寺跡)の特徴
玉龍高校の裏に位置する、島津家歴代の墓所です。
静寂な雰囲気の中に、歴史の重みを感じる場所です。
苔に覆われた美しい墓群が、訪れる人を魅了します。
島津家墓所ということですが廃寺となり、石材の風化や草木の成長により遺跡のような雰囲気があります。戦国時代の義久公・義弘公、幕末の斉彬公とドラマなどで有名な方々の墓所もここになっています。それぞれの場所が分かりにくいですが入口に案内の看板がありました。大名家の墓地なので、廃寺にならず他県の大名家ように今も手厚く供養が続いていればと思う反面、古きを絶ち明治維新の近代化へと全力で舵を切った島津家自身の覚悟の現れが感じられます。その決断があってこその明治維新の成功があるのですね。近くに駐車場がなかったので路上駐車させて頂き短時間で散策を済ませました。
6代~28代のほとんどの島津家当主とその家族の墓所が有る廃寺院跡です。廃仏毀釈で廃寺になる前は1500人の僧侶が居たかなり大きな寺院だったらしいです。今も大きなお寺だった面影も有りますが廃寺になった為に管理が行き届いていなく色々と劣化が進んでいる感じがして寂しい感じがしました。
戦国、幕末期など有名な藩主がここに眠りについていると思うと。ほかにも宮之城家、垂水家墓所など大事にされてます。
廃仏毀釈で廃寺になった福昌寺は島津家の墓所となっている。もし今でも寺が存続していたらここら一体は門前町になっていたかもしれない場所。周囲は玉龍高校の敷地となっており、普段は学生の声が聞こえてくる場所。寺の跡には入ることが可能だが、整備が行き届いていないため、あくまでも自己責任での入場であることを認識する。横幅の広い階段を登った跡には島津久光公の墓碑がある。一応、看板には誰の墓がどこにあるといった案内があるが、観光地ではないため、また階段等の整備の問題で大回りする必要もあることが注意点。
島津家代々の皆様がここに眠っておられます。廃寺になっていなければ今もここには大きなお寺があり観光名所になっていたのではないかな。台風の翌週で枝葉が散乱し、自分以外に誰もいなかったので少し怖かったです。鍵はかかっていないですが、最初入口に来た時は本当に中に入っていいのか?という雰囲気でした。案内図は少し分かり難いのでどのお墓がだれのものか判断するのが難しいかもしれません。
島津義弘公のお墓を参りに来ました。場所が広くて、趣深く、色々と考えさせられるものがありました。関ヶ原の戦いに参戦した義弘公がここに眠っているのかと考えただけで、感慨深い‥歴史好きの息子に感謝です✨
玉龍高校の裏側にあります。車で行くと少しわかりにくいかもしれません。静かな場所ですが、掃除が行き届いていてゆっくりと散策を楽しめました。
玉龍高校の裏手にあります。静かで落ち着いた雰囲気です。鳥居が倒壊の危険があるとのことで、立入禁止の区間がありました。鹿児島中央駅から南国交通のバスに乗り、玉龍高校前バス停で降りました。
タクシードライバーさんに案内してもらいました。隣に高校があり生徒達の声が時々聞こえますがそれ意外な自然の音だけのとても静かな良い場所です。お寺の跡が島津家の御墓になっていて墓石がたくさんあります。管理の人も居ないのゴミがあったりしないのも鹿児島の人が大切にしているのだと思います。観光地化されずにひっそりと遺る史蹟はとても良い感じです。
| 名前 |
鹿児島島津家墓所 (玉龍山福昌寺跡) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
〒892-0806 鹿児島県鹿児島市池之上町24 島津家墓地 |
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鬼島津として恐れられた義弘や幕末に活躍した斉彬などなど、島津代々のお殿様が眠る場所。その割にはマイナー感たっぷり。そして、ちょっとお墓が荒れてます。日本に影響を与えた方々ですからもう少し整備してほしいです…。